ブリューゲルの絵もひっぱり出して、ピーター・ドイグを紹介しよう。|鈴木芳雄「本と展覧会」 | カーサ ブルータス Casa BRUTUS

ブリューゲルの絵もひっぱり出して、ピーター・ドイグを紹介しよう。|鈴木芳雄「本と展覧会」

描くのは目の前に広がる現実の風景ではなく、記憶の中のものや心に浮かんだ情景。だから、その絵はロマンティックで、ミステリアスだ。〈東京国立近代美術館〉で日本初の大規模個展が開催されているピーター・ドイグ。彼の絵はなぜ独特なのか、彼の絵になぜ魅了されるのか。どんな絵を参照し、どんな絵と対比されるのだろうか。

『ピーター・ドイグ展』より《ガストホーフ・ツァ・ムルデンタールシュペレ》2000~02年。シカゴ美術館蔵。
上の絵を観てほしい。不思議な絵だ。人物の服装が変。コスプレしているのか、カーニバルにでも行くのか。橋なのか、塀なのか、石垣も何なのだろう。こんなカラフルな石を積み重ねたところがあるはずはないだろう。ということは舞台のセットとか、夢の中の風景なら納得がいくかも。ともかく現実にはない世界。ファンタジーとして描かれている? そんな絵である。

日本での初個展ということで、どうやってこの画家を説明したらいいのか、主催者側もやや手こずったようだ。「現代アートのフロントランナー」(?)だとか、「ターナー賞にノミネートされた」とか、ある作品が「およそ30億円で落札された」とかの話題をまず持ってくる。あるいは、スコットランド、エディンバラの出身だけれども、トリニダード・トバゴ(南国)とカナダ(北国)で育ち、英国で学位を取っているとか。

そんな説明のあとにやっと絵の話がやってきて、それもなんとかこの画家に興味を持ってもらおうとはするのだが、歯がゆさは否めない。映画『13日の金曜日』や小津安二郎の『東京物語』に着想を得た作品があるとか、大型作品が多い、とか。

結局は「ともかく見てほしい。いま、世界の絵画ファンを虜にしている絵はこれだからさ」と言ってしまうしかないのだが、そんな乱暴なCMのような言い方もできないだろうし苦労しているのだろう。逆に言うと、それくらいある意味、正統派的な絵画であって、それで勝負していて、そして見る者を惹きつけてやまない作品なのである。
『ピーター・ドイグ展』より《ポート・オブ・スペインの雨(ホワイトオーク)》 2015年。作家蔵。
「第1章 森の奥へ」展示風景。
「第1章 森の奥へ」展示風景。
「第2章 海辺で」展示風景。

ピーター・ドイグが日本の雑誌で紹介された早い時期のものとしては『美術手帖』1998年11月号「新しい具象|90年代のニューフィギュラティブ・ペインティング」という特集で、その中の3ページで絵が4点紹介されている。
『美術手帖』1998年11月号(美術出版社)。特集は「新しい具象  90年代のニュー・フィギュラティヴ・ペインティング」。
『美術手帖』1998年11月号より。「具象画の復権」ともいうべき特集になっている。
国内での主要な展覧会に出品されるのは、2003年、森美術館(東京、六本木)の開館記念展『ハピネス:アートに見る幸福の鍵 モネ、若冲、そしてジェフ・クーンズへ』。作品が2点展示された。ひとつは今回の展覧会にも出ている《オーリンMKIV Part2》である。
『ピーター・ドイグ展』での《オーリンMKIV Part 2》(ヤゲオ財団コレクション蔵)の展示風景。
『ハピネス――アートに見る幸福への鍵』図録にはこう記述されている。

「ドイグの扱う画像は決して個別的ではなく、常に一般的で、マスメディアを通じて私たちが慣れ親しんだ図像の解釈に従う。私たちは場所、雰囲気、状況などを察知するが、それは実際に体験したことがあるからではなく、映像に対する日々の飢えを癒やすために、繰り返し再現されるのを見ているせいである。」ピエール・ルイジ・タッツィ(『ハピネス――アートに見る幸福への鍵』図録/森美術館、2003年)より。

この図録の作家解説の文章、笑ってしまうくらいに翻訳が酷いのだが、原文を読んだわけではないけれど、文中「個別的ではなく」というのは、ドイグが「独自に探し当てたモティーフではなく」くらいの意味だろう。「常に一般的で」は、「ありふれているような」とか言ったほうがしっくりくるのではないか。

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