アルヴァとアイノ、ふたりが生み出したアアルト・デザインの25年|小西亜希子の北欧デザイン通信 | ページ 2 | カーサ ブルータス Casa BRUTUS

アルヴァとアイノ、ふたりが生み出したアアルト・デザインの25年|小西亜希子の北欧デザイン通信

フィンランドが誇る巨匠建築家・デザイナー、アルヴァ・アアルト。彼の幅広い功績の影には、妻であり仕事上のパートナーだったアイノ・アアルトの存在がありました。東京・世田谷で開催中の、ふたりのアアルトの創作活動にふれる展覧会から、見どころをまとめてお届けします。

●モダンな生活様式への変貌

1929年から30年代前半にアイノによってデザインされた子供部屋の家具の数々。トゥルクの自宅で実際に使用されていたものが展示されている。
1927年に行われた〈南西フィンランド農業協同組合ビル〉の設計競技で優勝したアルヴァとアイノは、そのビルが建設されるトゥルクに拠点を移した。商業施設や事務所、住宅、レストラン、劇場施設が入る当時としては画期的な複合ビルで、この時テナントや住居の内装も請け負った。アイノとパートナーになったことで、アルヴァの中に「暮らしを大切にする」という視点が生まれ、使いやすさや心地よさを重視した空間作りが特徴のひとつになっていく。
ヴィープリの図書館 講堂 Alvar Aalto Foundation
最上階に自宅兼事務所を構え、アイノはインテリアデザインや子供部屋の家具デザインも担当。トゥルクに移って以降、海外の建築家や芸術家たちとの交流が生まれたことにより、それまでの常識とされていた古典的なインテリア様式はガラリと変容を遂げ、洗練されたモダンさを前面に打ち出すようになった。アイノの提案は、当時インテリア誌で大きく取り上げられ、この作品を足掛かりとして、ふたりはよりシンプルで快適な独自のスタイルを探求、確立していくことになる。

同時期にはヴィープリの新中央図書館やパイミオのサナトリウムのコンペも獲得。建築作品もこの頃からモダンかつ機能主義へと変貌し、モダニズムの旗手として活躍の幅を広げていく。
1930年にアイノとアルヴァが企画した『最小限住宅展』を再現した展示。
ミニマムで良質なモダン住宅のケーススタディ。
1930年には『最小限住宅展』を企画。4~5人家族が住むには250㎡ほどの広さが一般的とされてきたアパートを、70㎡程度までコンパクトに押さえた。女性が外で働くようになったこの時代、家の維持管理がしやすいこと、家族の生活を考慮しスペースを配分すれば、必ずしも広さは必要ではないことを提案した。シンプルで大量生産が可能な家具はほとんどのデザインをアアルト夫妻が担当していたという。現代にも通ずる、シンプルでモダンな空間提案がこの時代からすでにあったという事実に改めて驚かされる。
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