『カイ・フランク』展、彼がデザインの良心である理由|土田貴宏の東京デザインジャーナル | ページ 3 | カーサ ブルータス Casa BRUTUS

『カイ・フランク』展、彼がデザインの良心である理由|土田貴宏の東京デザインジャーナル

葉山にある〈神奈川県立近代美術館〉で始まったカイ・フランクの回顧展は、20世紀のフィンランドを代表するガラスや陶磁器のデザイナーとして著名な彼の作風を、幾何学形態をテーマに読み解こうというものだ。「フィンランド・デザインの良心」と広く評される彼の本質を、独自の切り口で伝えている。

《キルタ》のクリーマーは、フィンランドで多用された2重の窓の真ん中の隙間に置くと冷たく保てるので、このサイズになったという。
《キルタ》は従来のディナーセットとは一線を画し、ライフスタイルに合わせて自由に使えるようにバラ売りされた斬新な製品だった。
クリアガラスとチーク材のコンビネーションでデザインされた調味料入れや、一部に籐を巻き付けたピッチャーなど、それぞれ球をモチーフにしている。
カイ・フランクの作風でもうひとつ特筆されるのは、大衆の暮らしに対する温かい眼差しだ。代表作《ティーマ》のオリジナルである陶器のテーブルウェア《キルタ》は、華美なディナーセットが主流だった1950年代、使い手が自由に組み合わせられるフレキシブルな食器として革新的なものだった。コーヒーカップのソーサーは、真ん中の窪みがないので小皿としても使える。またクリーマーは、フィンランドの民家に多かった2重の窓の隙間に置けるサイズとし、ミルクを入れたまま適温で保存できるようにした。展覧会ではその他にも、日常の道具としての器のためになされた多様な試みを発見できる。
カイ・フランクによるガラスの色彩の研究は、30年以上にわたるヌータヤルヴィでの活動の中で続けられた。右は70年代の七角形のタンブラー。
50年代までの彼の仕事の集大成に位置づけられる《クレムリン・ベル》は、1957年のミラノ・トリンエンナーレで金賞を受賞。
80年代に1年間だけ製造されたクリスタルグラス《デルフォイ》は、カッティングや気泡を取り入れ、ワイングラスのステムは七角形にした。
量産品のデザインを手がける一方で、カイ・フランクはアートグラスと呼ばれる少量生産のガラス作品も数多く生み出していた。この分野でも幾何学形態は見られるが、必ずしも機能にこだわらず、色やフォルムを実験した個性的な作品が多い。展覧会の最後の部屋では、フィンランドに学んだ気鋭のデザイナー、熊野亘が展示構成を担当し、カイ・フランクのアートグラスの魅力を見事に伝えている。熊野は、それまでの展示室とは異なり、木の展示什器を有機的に配置して、生活を感じさせることを意図した。自然光が差し込む空間で見るアートグラスの色合いは格別だ。
デザイナーの熊野亘は、この展覧会のために木製の棚をデザインし、カイ・フランクによる色鮮やかなアートグラスを配置。有機的な配置と3段階の高さで、生活を感じさせる展示空間を試みた。家具製作はカリモクによる。
この展示室は、夕方には北欧を思わせるような斜めからの日差しが差し込み、アートグラスのシルエットを浮かび上がらせる。
量産品は製造時の精度に厳しかったカイ・フランクだが、アートグラスについては職人の仕事が気に入れば作品に生かしていった。
カイ・フランクは50年代か60年代にかけて3回にわたり日本を訪れた。その写真はヘルシンキのデザイン・ミュージアムに保管されている。
色も形もバリエーションに富み、豊かな表現力が発揮されたアートグラスは、カイ・フランクの「良心」と矛盾して見えるかもしれない。しかし、こうした才能をもつデザイナーが、人々のためのデザインは確固として無名性を重視したとも理解できる。その理性的な姿勢もまた、彼の良心の表れだったのだろう。幾何学的でありながらアーティスティックな1957年の傑作《クレムリン・ベル》は、妥協なく2つの作風に取り組んだ彼を象徴しているようだ。

同じ部屋に展示された、1950年代に日本を訪れた彼が撮った写真の数々も、無名のものに魅力を見出す彼の視点を率直に伝える。この時、カイ・フランクは多くの著名な陶芸家のもとや美術館などを訪れたにもかかわらず、興味を持ったのは普通に暮らす人々や、彼らが働く様子だったという。カイ・フランクの創造の軸は、きっと一貫してこちらにあったのだ。

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『日本・フィンランド国交樹立100年記念 没後30年 カイ・フランク』

〈神奈川県立近代美術館〉
神奈川県三浦郡葉山町一色2208-1 TEL 046 875 2800。~12月25日。月曜休(10月14日、11月4日は開館)。午前9時30分~17時(入館は16時30分まで)。1,200円。

土田貴宏

つちだたかひろ  デザインジャーナリスト、ライター。家具やインテリアを中心に、デザインについて雑誌などに執筆中。学校で教えたり、展示のディレクションをすることも。

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