エンツォ・マーリの器が勢揃いした工芸館へ。 | ページ 2 | カーサ ブルータス Casa BRUTUS

エンツォ・マーリの器が勢揃いした工芸館へ。

〈東京国立近代美術館工芸館〉でエンツォ・マーリの器《SAMOS》シリーズが30年ぶりにお蔵出し! 全シリーズが一度に並ぶ貴重な機会です。この愛らしい器に彼が込めた思いと合わせてじっくりと鑑賞しましょう。

《SAMOSシリーズ》、“紐”を45度の角度で交差させる。
エンツォ・マーリは四角い器のシリーズもデザインしていた。
各パーツのわずかなカーブも柔らかさを演出する。
《SAMOSシリーズ》、“紐”を45度の角度で交差させる。
エンツォ・マーリは四角い器のシリーズもデザインしていた。
各パーツのわずかなカーブも柔らかさを演出する。
《SAMOS》シリーズには「提案」というタイトルがつけられている。マーリはこのプロダクトに社会的なメッセージを込めているのだ。道具がなくても作れる《SAMOS》シリーズの使い手は、器を通じて職人とコミュニケーションをとることができる。一点ものと大量生産の間にある中量生産というスケールが機能と鑑賞性をともに備えたプロダクトを生み出している。
ヴェネチアンガラスの産地として知られるムラーノ島にちなんだシリーズの器。
ガラスのパーツが重なったところは色が変わるのも面白い。
1980年に〈イタリア文化会館ホール〉で開催された展覧会『エンツォ・マーリ、磁器の美』のポスター。《SAMOS》シリーズが紹介された。
1980年の展覧会にあわせて発行されたリーフレット(資料。本展展示には含まれていない)。型を使って職人が製作している様子が掲載されている。
ヴェネチアンガラスの産地として知られるムラーノ島にちなんだシリーズの器。
ガラスのパーツが重なったところは色が変わるのも面白い。
1980年に〈イタリア文化会館ホール〉で開催された展覧会『エンツォ・マーリ、磁器の美』のポスター。《SAMOS》シリーズが紹介された。
1980年の展覧会にあわせて発行されたリーフレット(資料。本展展示には含まれていない)。型を使って職人が製作している様子が掲載されている。
『デザインの(居)場所』展ではこんなふうに、工芸とデザイン、またその間にあるもののさまざまな可能性を探究したものが並ぶ。たとえば富本憲吉と森正洋の器が一つのケースに入ったコーナーでは醤油差しを比べると面白い。民藝運動とも関わりがあった富本の醤油差しは京都の職人の手仕事によるもの。富本が作った“見本”を元に作られた醤油差しは工芸に近い味わいを残しつつ、ある程度の中量生産を可能にしている。

一方、陶磁器デザイナーの森正洋の醤油差しは、鋳込み成形による大量生産を念頭に入れたものだ。サイズと色のバリエーションが食卓を楽しくしてくれる。彼らはともに日用品として広く使われることを望んでいたが、工芸とデザイン、それぞれの立ち位置によってできあがるものにも違いが生じるのがわかる。
富本憲吉《染付色絵醤油注》。奥と右の2点は富本自らが、左の1点は富本の指導のもと、職人が絵付けしている。富本ののびのびした線と職人の生真面目な線との比較も面白い。
鋳込み成形で作られた、森正洋デザインの《G型しょうゆさし》。わずかに膨らんだ胴の部分が愛らしい。富本も森も、毎日使っていて飽きないものを目指していた。
富本憲吉《染付色絵醤油注》。奥と右の2点は富本自らが、左の1点は富本の指導のもと、職人が絵付けしている。富本ののびのびした線と職人の生真面目な線との比較も面白い。
鋳込み成形で作られた、森正洋デザインの《G型しょうゆさし》。わずかに膨らんだ胴の部分が愛らしい。富本も森も、毎日使っていて飽きないものを目指していた。
「工芸の民主主義化」。戦後、そんなことを唱えた人もいた。内田邦夫は鑑賞用の一点制作ではなく、日常生活で使えて手軽に美を楽しめる工芸を目指し、ろくろによる簡素な器など、量産できる形を模索する。「クラフト」という新たなジャンルを確立しようと「日本デザイナークラフトマン協会」(現・日本クラフトデザイン協会)を創立し、美術工芸ともデザインとも違う“第三の道”をめざした。その思想に共鳴した栄木正敏はフィンランドのメーカー、アラビアを思わせる絵付けの器を作る。手描きの柄が手のぬくもりや職人の個性を感じさせる器には、暮らしの中心にある食のシーンを彩りたいという願いが込められていた。
栄木正敏の《Jシリーズ「ブラウン・フラワー」》。抽象化された花が絵付けされている。
展示室にはこのほかにイサム・ノグチや剣持勇、濱田庄司、クリストファー・ドレッサーやイームズ、アルヴァ・アアルトなど世界の工芸・デザインが並ぶ。
イサム・ノグチ《あかり》シリーズ。ノグチは《モエレ沼公園》やこの《あかり》シリーズなどで人々が使うことのできるもの、アートとデザイン、工芸の間にあるものを追求していた。
剣持勇、柳宗理、アルヴァ・アアルト、イームズらの家具が並ぶ。柳はイームズに倣って合板の《バタフライ・スツール》を作り、剣持は日本の高温多湿な気候を考慮して通気性のいい籐のラウンジチェアを作った。
イサム・ノグチ《あかり》シリーズ。ノグチは《モエレ沼公園》やこの《あかり》シリーズなどで人々が使うことのできるもの、アートとデザイン、工芸の間にあるものを追求していた。
剣持勇、柳宗理、アルヴァ・アアルト、イームズらの家具が並ぶ。柳はイームズに倣って合板の《バタフライ・スツール》を作り、剣持は日本の高温多湿な気候を考慮して通気性のいい籐のラウンジチェアを作った。
和室にはシーラ・ヒックス(右奥のテキスタイル作品)などが取り合わされている。この和室も含めて展示室は谷口吉郎が設計した。
大小7つのユニットを重ねられるヴィルヘルム・ヴァーゲンフェルト《容器 キューブ》(右)、型で成形した陶土によるパーツを組み合わせたテオドール・ボーグラーのティーポット(左2点)など、1920~30年代に登場したプロダクト。今ではおなじみのこういったデザインも当時は画期的だった。
マルセル・ブロイヤーの《クラブ・チェアB3(ワシリー)》(右)と《ネスト・テーブルB9-B9c》(左)。それまで家具にはあまり使われなかった金属を多用したシリーズ。バウハウスで広く使われた。
大小7つのユニットを重ねられるヴィルヘルム・ヴァーゲンフェルト《容器 キューブ》(右)、型で成形した陶土によるパーツを組み合わせたテオドール・ボーグラーのティーポット(左2点)など、1920~30年代に登場したプロダクト。今ではおなじみのこういったデザインも当時は画期的だった。
マルセル・ブロイヤーの《クラブ・チェアB3(ワシリー)》(右)と《ネスト・テーブルB9-B9c》(左)。それまで家具にはあまり使われなかった金属を多用したシリーズ。バウハウスで広く使われた。
本展会場の〈東京国立近代美術館工芸館〉は来年3月で閉館し、その後、石川県に移転することが決まっている。東京・竹橋の現在の建物は、1910年に陸軍技師・田村鎮氏の設計により近衛師団司令部庁舎として建築されたゴシック様式のもの。明治洋風煉瓦造の実例として貴重なものであり、重要文化財にも指定されている。1977年、この建物を〈東京国立近代美術館工芸館〉として開館するにあたり、外観および玄関、広間の保存修理工事と、谷口吉郎氏による展示室の設計に基づく内部の改装が行われた。〈東京国立近代美術館工芸館〉は移転準備のため、2020年3月9日からしばらく休館する予定だ。展示とあわせて、今のうちに建築もじっくり見ておきたい。