フィンランドの陶芸作家、ルート・ブリュックの純粋な美|土田貴宏の東京デザインジャーナル | ページ 2 | カーサ ブルータス Casa BRUTUS

フィンランドの陶芸作家、ルート・ブリュックの純粋な美|土田貴宏の東京デザインジャーナル

ひそかに注目されてきた北欧の陶芸作家の回顧展「ルート・ブリュック 蝶の軌跡」が人気を博している。ジャンルを超えて人を惹きつける魅力の秘密とは。

ブリュックはフィンランドを拠点にしながらもイタリアを愛し、何度も足を運んでインスピレーションを得ていた。《ヴェネチアの宮殿:リアルト橋》1953年、タピオ・ヴィルカラ ルート・ブリュック財団蔵 Tapio Wirkkala Rut Bryk Foundation’s Collection / EMMA –Espoo Museum of Modern Art (c) KUVASTO, Helsinki & JASPAR, Tokyo, 2018 C2531
1950年代までの作品を展示したスペース。右の壁面に展示された、鳥をモチーフにした作品にもファンが多い。(c) Hayato Wakabayashi
ブリュックはフィンランドを拠点にしながらもイタリアを愛し、何度も足を運んでインスピレーションを得ていた。《ヴェネチアの宮殿:リアルト橋》1953年、タピオ・ヴィルカラ ルート・ブリュック財団蔵 Tapio Wirkkala Rut Bryk Foundation’s Collection / EMMA –Espoo Museum of Modern Art (c) KUVASTO, Helsinki & JASPAR, Tokyo, 2018 C2531
1950年代までの作品を展示したスペース。右の壁面に展示された、鳥をモチーフにした作品にもファンが多い。(c) Hayato Wakabayashi
60年頃までの彼女の作品は、線を彫ってパターンを施した石膏の型に、粘土を水で溶いた泥漿を流し込み、厚く釉薬を施したものが多い。自身の手による細かい凹凸の模様や、釉薬の濃淡が生み出す色彩の変化が、独特の味わいになっている。展覧会のタイトルにもなった蝶をはじめ、鳥、教会、また聖書の一節などが作品のモチーフに取り入れられた。それらに対して正面から向き合い、まっさらな視点で対象の特徴をとらえた構図には、心を動かすものがある。その健気さ、いじらしさは、彼女の作風が「かわいいもの」として広く受容される要因になっている。
《ライオンに化けたロバ》1957年、タピオ・ヴィルカラ ルート・ブリュック財団蔵 Tapio Wirkkala Rut Bryk Foundation’s Collection / EMMA – Espoo Museum of Modern Art (c) KUVASTO, Helsinki & JASPAR, Tokyo, 2018 C2531
《結婚式》1944年、タピオ・ヴィルカラ ルート・ブリュック財団蔵 Tapio Wirkkala Rut Bryk Foundation’s Collection / EMMA – Espoo Museum of Modern Art (c) KUVASTO, Helsinki & JASPAR, Tokyo, 2018 C2531
《ライオンに化けたロバ》1957年、タピオ・ヴィルカラ ルート・ブリュック財団蔵 Tapio Wirkkala Rut Bryk Foundation’s Collection / EMMA – Espoo Museum of Modern Art (c) KUVASTO, Helsinki & JASPAR, Tokyo, 2018 C2531
《結婚式》1944年、タピオ・ヴィルカラ ルート・ブリュック財団蔵 Tapio Wirkkala Rut Bryk Foundation’s Collection / EMMA – Espoo Museum of Modern Art (c) KUVASTO, Helsinki & JASPAR, Tokyo, 2018 C2531
こうしたブリュックの作風を、スティグ・リンドベリ、ビヨン・ヴィンブラッド、リサ・ラーソンといった北欧の同時代のデザイナーたちと重ねることもできるだろう。しかし彼女の作品は、誰より天真爛漫としたところがあり、なおかつ純粋に美しい。作家として優劣がつけられるものではないが、際立って芸術的であるのは確かだ。その孤高の感性が、セラミックという素材の魅力と一体になり、すべての色、線、柄を通じてにじみ出ている。
フィンランドの地名を作品名にしたもので、幾何学的なパターンの組み合わせと同系色のグラデーションによって構成。《スイスタモ》(部分)1969年、タピオ・ヴィルカラ ルート・ブリュック財団蔵 Tapio Wirkkala Rut Bryk Foundation’s Collection / EMMA –Espoo Museum of Modern Art (c) KUVASTO, Helsinki & JASPAR, Tokyo, 2018 C2531
具象的だった作風が抽象へと変化しつつあった時代の作品。ブリュックは学生時代、建築家を目指したこともあった。《都市》1958年、タピオ・ヴィルカラ ルート・ブリュック財団蔵 Tapio Wirkkala Rut Bryk Foundation’s Collection / EMMA –Espoo Museum of Modern Art (c) KUVASTO, Helsinki & JASPAR, Tokyo, 2018 C2531
フィンランドの地名を作品名にしたもので、幾何学的なパターンの組み合わせと同系色のグラデーションによって構成。《スイスタモ》(部分)1969年、タピオ・ヴィルカラ ルート・ブリュック財団蔵 Tapio Wirkkala Rut Bryk Foundation’s Collection / EMMA –Espoo Museum of Modern Art (c) KUVASTO, Helsinki & JASPAR, Tokyo, 2018 C2531
具象的だった作風が抽象へと変化しつつあった時代の作品。ブリュックは学生時代、建築家を目指したこともあった。《都市》1958年、タピオ・ヴィルカラ ルート・ブリュック財団蔵 Tapio Wirkkala Rut Bryk Foundation’s Collection / EMMA –Espoo Museum of Modern Art (c) KUVASTO, Helsinki & JASPAR, Tokyo, 2018 C2531
さらに60年代以降のブリュックは、徐々に作風を変えていく。小さな陶製のピースを数多く組み合わせて、モチーフを抽象的に表現する作品が増え、幾何学的なパターンが多用されるようになった。ただし彼女に独特の、慈しむようなものの見方はおそらく変わっていない。それに加えて、より作品を空間的に、俯瞰的にとらえる意識が芽生えたようだ。ブリュックはこの頃から建築空間に設置される大型の作品を多く手がけはじめ、その色使いも近代建築との調和が指摘される。また彼女は夫タピオとともに、イタリアの建築家のジオ・ポンティと交流したり、ル・コルビュジエが都市計画を手がけたインドのチャンディーガルを訪れたりもしていた。
晩年の作品を展示したスペース。雲や霞といったモチーフが、白をベースとして部分的に色彩を取り入れ表現されている。(c) Hayato Wakabayashi
「フィンランドの美術史研究の分野では、最近になってようやく美術と工芸、アートとデザインを区別するこれまでの考え方が不自然だと認められるようになってきました」

今回の展覧会にあたり、2016年にブリュックの大規模な回顧展を開催したフィンランドのエスポー近代美術館の館長、ピルヴィ・カルハマはそう述べている。彼女の作品の価値は工芸やデザインとして語られがちだったが、その創造性は領域を超えたところにあり、それがひとつのフィンランドらしさであるということだ。実際に彼女の作品を間近に見て、だんだんと視点を共有するうち、人と美との純粋な関係がもつ力に誰もが気づかされるはずだ。

『ルート・ブリュック 蝶の軌跡』

〈東京ステーションギャラリー〉
東京都千代田区丸の内1-9-1 TEL 03 3212 2485。〜6月16日。10時〜18時(金〜20時)。月曜休(祝日の場合は翌日休)。入館料1,100円。

土田貴宏

つちだたかひろ  デザインジャーナリスト、ライター。家具やインテリアを中心に、デザインについて雑誌などに執筆中。学校で教えたり、展示のディレクションをすることも。