村上春樹『騎士団長殺し』の装幀が生まれるまで。 | ページ 5 | カーサ ブルータス Casa BRUTUS

村上春樹『騎士団長殺し』の装幀が生まれるまで。

2月24日に発売された、村上春樹の長編小説『騎士団長殺し』。手がけたのは元新潮社装幀室長の髙橋千裕だ。髙橋を中心に、新潮社で30年来、村上春樹を担当する編集者・寺島哲也も交えて、今作の装幀の狙いを聞いた。

新潮社装幀室の本棚に並べた、髙橋さんが手がけた村上春樹の著書。このほかに文庫や翻訳本なども。30年近く仕事を共にしている。
Q 髙橋さんが最初に手がけた村上さんの著書は何ですか?

髙橋 1987年に発売されたC・D・B・ブライアンの『偉大なるデスリフ』です。村上さんが翻訳をしています。装画はラウル・デュフィです。原稿を読んで、パッとこの絵が浮かび、迷わず使うことにしました。

寺島 私にとってもこれが初めて担当する村上さんの本でした。これまでの編集者人生で、もっとも気に入っている装幀のひとつです。
挿画に選んだのは、デュフィが画家になる以前に手がけた壁紙のための絵。表紙に「きらびき」という紙を使用し、光の反射で輝く。
Q これまでの本づくりも、村上さんの意図を汲み取って、それを具現化していくという流れだったのでしょうか?

髙橋 そうですね。春樹さんは絵も本もたくさん見ているし、非常に感覚が鋭い方。それを信じて、春樹さんから抽出したイメージを形にしていくという意識でやっています。それでも行き詰まってしまうことはある。今までで一番大変だったのは『ねじまき鳥クロニクル』。あの本は半年ほどかけて制作しました。

寺島 あのときは村上さんからの“宿題”があったんです。

髙橋 難しい“宿題”でしたね。まず、表紙にはこの世にいない鳥の絵を飾りたい。そして、1巻目は緑を基調としてほしい。

寺島 帯はつけないことも大事な方針でした。ですから発売当時は帯を付けていません。そしてもう一つ、いままで見たこともない装幀にしてほしい、というもの。それで半透明の紙をカバーにするという案が生まれました。

髙橋 鳥探しも難航しましたね。いくつか提案したのですがしっくりこなくて、煮詰まった私が一旦手を休めようとバリに旅行に行ったんです。そこで訪れた古い美術館で、ある絵の中に鳥を見つけて。これだ!と。

寺島 『1Q84』の時は、反対に“何もいらない”というのがテーマだった。極端に言えば「真っ白な装幀でいい」と。

髙橋 イメージが付着してしまうようなビジュアルはほしくない、ということでしたね。でも真っ白な本にするわけにはいかないので、「Q」という字をフックにアイディアを広げていきました。とにかくたくさんの「Q」という字をつくりました。採用した「Q」には、石に彫った文字を拡大したようなニュアンスがあります。刻みつけた匂いというのかな。その雰囲気と、メインタイトルのシャープさとのコントラストを狙いました。
“石に彫った文字を拡大したような”と髙橋さんが言う、『1Q84』の「Q」のロゴ。
寺島 村上さんがほかの出版社とどのように本づくりをしているのかはわかりません。ただ僕たちは30年近くチームを組んできた。だから春樹さんには、思っているイメージをどんどん言ってもらえるし、たくさんわがままを言って欲しいと思っています。

髙橋 いつも率直に意見を言ってくれる。

寺島 著者の持っているイメージを本というオブジェで具現化することが大事なんです。

Q 装幀は個人のアイデアだけで完成するものではないんですね。

髙橋 私はそう思います。新潮社装幀室が手がけた本には、個人名ではなく部署名でクレジットが掲載されています。私が室長になった90年代頃からそうしているんです。本は装幀家という個人がつくっているわけではない。著者や編集者、営業も一緒になってつくっている。だから、出版社のインハウスデザイナーの姿勢として、「新潮社装幀室」と記すことにしました。今作は退職後の仕事なので私の名前が載っていますが、村上春樹の本をチームで作り上げているという感覚に変わりはありません。
髙橋千裕
たかはしちひろ 1954年東京都生まれ。都立工芸高等学校、桑沢デザイン研究所でデザインの基礎を学ぶ。1972年から新潮社に勤め、装幀者・広告制作者として単行本・文庫本2000冊以上の装幀、宣伝物を手がける。2014年に退職後も装幀家として活動。装幀を手がけた村上春樹の著書に『ねじまき鳥クロニクル』(単行本・文庫)、『辺境・近境』(単行本・文庫)、『神の子どもたちはみな踊る』(単行本)『東京奇譚集』(単行本・文庫)、『象の消滅』(単行本)、『めくらやなぎと眠る女』(単行本)、『1Q84』(単行本・文庫)、『小澤征爾さんと音楽ついて話をする』(単行本・文庫)などがある。

村上春樹『騎士団長殺し』

7年振りとなる書下ろし本格長編小説。第1部「顕れるイデア編」、第2部「遷ろうメタファー編」を同時発売。画家である主人公・私は、その年の五月から翌年の初めにかけて、狭い谷間の入り口近くの、山の上に住んでいた。それは孤独で静謐な日々であるはずだった。騎士団長が顕れるまでは──。各巻1,800円(新潮社)