CULTURE
平野紗季子の新しい本を開いて、文字と写真と愛のコラージュの森に迷い込む。
August 17, 2020 | Culture, Food | casabrutus.com | photo_Sakiko Hirano, Kasumi Osada, Hanako magazine text_Hikari Torisawa
56の町、町、町(∞)を訪ねて歩く。出会って、きいて、食べて、撮って書く。「その町の空気と共にその町のものを食べると、土地の味をまるごと感じられる気がするのだ」と書く平野紗季子の、6年ぶり2冊目となる著書『私は散歩とごはんが好き(犬かよ)。』が発売された。
五反田、西小山、尾山台、下高井戸、石神井公園、大山、人形町に有楽町、柴崎、雑色、鎌倉、伊東を訪れ、鶴見線に乗り、荒川線を乗り降りする。香港、バンコク、スリランカにハワイ、パリ、コペンハーゲンまでも翼を広げ足を伸ばす。かと思えば、銀座の地下駐車場や幡ヶ谷の駅ビル、御茶ノ水のビリヤード場などの局地にも深く潜る。岩にも登る。『私は散歩とごはんが好き(犬かよ)。』というタイトルの通り、平野紗季子は「味」を探して東京を、近郊を、世界を散歩する。
見開き単位で進んでいくエッセイに、多いときには40枚以上の写真が散りばめられる。サンドウィッチ、定食、カレーにお茶にデザートに、撮る前に食べ終えてしまった料理の気配、おいしいものを包んでいた紙や袋、店へ続く階段、看板、公園(象のすべり台)、景色、人、そして犬とときどき猫。世界一のレストランも通りがかりに見つけた喫茶店もペットボトルのお茶も、著者自身がカメラを向けて撮りためた写真に、響き合うようにして言葉が置かれ、暮らしにつながる「味」に動かされた心の模様が記録されて今という時代を映し出す。エッセイの手法をとり軽やかに跳ねる言葉の中に、批評の領域へ近づいていくいくつもの言葉がある。
「私たちが楽しんでいるのは、グルメではなくフードカルチャーであり、食事ではなく食体験なのだ」という宣言に背筋が伸びる。「なにかをいいと思う理由を他人に預けるよりわたくしはわたくし自身の感想を大切にしよう」という決意にフードエッセイストのなんたるかを知る。「本当の自分は一人でごはんを食べているときしか見つけられない」と書く著者だからこそ、「周囲の雑音が遠のいて世界が味だけになった。あ〜味しかないやつきた〜。私もあなたも時間も空間も全部ないんだよ〜ってこの感覚、滅多に起こらんのだけど、思い返すと手で食べている時に起きやすい」と、恍惚の中で世界の真実の一端に触れることができるのかもしれない。読み手はいつしか書き手の内側へ思いを馳せている。
「私たちが楽しんでいるのは、グルメではなくフードカルチャーであり、食事ではなく食体験なのだ」という宣言に背筋が伸びる。「なにかをいいと思う理由を他人に預けるよりわたくしはわたくし自身の感想を大切にしよう」という決意にフードエッセイストのなんたるかを知る。「本当の自分は一人でごはんを食べているときしか見つけられない」と書く著者だからこそ、「周囲の雑音が遠のいて世界が味だけになった。あ〜味しかないやつきた〜。私もあなたも時間も空間も全部ないんだよ〜ってこの感覚、滅多に起こらんのだけど、思い返すと手で食べている時に起きやすい」と、恍惚の中で世界の真実の一端に触れることができるのかもしれない。読み手はいつしか書き手の内側へ思いを馳せている。
ページを眺めて彼の地への想いを育ててもよいし、読みながら、お腹を鳴らしながら、食べたいものや行きたい場所のメモを増やしていくのもいい。味覚だけでなく、嗅覚(排気口の匂い!)も視覚(読めない地名、コースターのデザイン、店の奥に立つおじいさんetc…)も稼働させ、BGMや人の言葉に耳をすませ、知らない道も歩き回って、おいしそうなものを見つけたら手で掴む。「子供心さえ忘れなければ、世界は思い通りになるのだ」と信じれば、いつもの町の楽しみ方は幾倍にも増えていく。
著者が信頼し、敬愛する知人について書かれた、「彼女はそう、決して愛をさぼらない。そんな人だけが見うる世界があり、知りうる味がある」という言葉が、紙に印刷され本になり、幾度も反射して光になって著者をくるむ。いつかきっと、こんなふうに世界を見つめるために、平野紗季子の本を読む。
著者が信頼し、敬愛する知人について書かれた、「彼女はそう、決して愛をさぼらない。そんな人だけが見うる世界があり、知りうる味がある」という言葉が、紙に印刷され本になり、幾度も反射して光になって著者をくるむ。いつかきっと、こんなふうに世界を見つめるために、平野紗季子の本を読む。
『私は散歩とごはんが好き(犬かよ)。』
平野紗季子著。1,600円。雑誌『Hanako』で2016〜2020年まで続いた人気連載が1冊に。デザインは服部一成が手がけた。発行:マガジンハウス
平野紗季子
ひらの・さきこ 1991年福岡県生まれ。小学生の頃から食日記をつけている筋金入りのフードエッセイスト。雑誌の連載や特集への執筆に加え、フードレーベル「HIRANO FOOD SERVICE」を立ち上げ、美味しいもののプロデュースやイベントの企画運営、食文化事業のサポートなどで幅広く活動する。著書に『生まれた時からアルデンテ』(平凡社)がある。