パリ、歴史の交差点〈ヴェルサイユ宮殿〉に杉本博司が仕掛けたもの。 | ページ 2 | カーサ ブルータス Casa BRUTUS

パリ、歴史の交差点〈ヴェルサイユ宮殿〉に杉本博司が仕掛けたもの。

世界遺産である〈ヴェルサイユ宮殿〉で杉本博司の大規模な展示が開催中だ。日本の能の表現を借りて、この地に縁のある歴史上の人物たちを蘇らせ、マリー・アントワネットのためにはガラスの茶室を設置した。

●幾何学模様の意匠と数式に導き出された立体作品を対比で見せる企み。

〈小トリアノン宮殿〉の〈ベルヴェデール亭〉は1778年、マリー・アントワネットの命により、建築家リシャール・ミークが設計した。 photo_Yoshio Suzuki
〈小トリアノン宮殿〉から見て、池の向こう側に建つ八角形の〈ベルヴェデール亭〉。近くに配置された岩とも合わせ、まるでカントリー風の趣ある風景を醸し出している。

壁の植物模様の装飾、床の幾何学模様のモザイクが美しいこの小さな建物の内部に、数理模型から想を得て杉本が制作した立体作品を置いた。それは美しい双曲線関数で示すことができる形だ。この建物のインテリアが「ユークリッド幾何学」を反映した模様を持っているのに対し、そこに「非ユークリッド幾何学」に基づく立体作品を杉本は置くことにしたのだ。ユークリッド幾何学を元に非ユークリッド幾何学が模索されていたのは、まさにこの建物が完成したのと同じ18世紀後半。しかし、非ユークリッド幾何学が成果を見せるのは19世紀初頭のことである。
いかにも数式化できそうな床のパターンとその中心に鎮座する数理模型《Surface of Revolution》。Hiroshi Sugimoto, Surface of Revolution, 2018 Courtesy of the artist © Hiroshi Sugimoto Photo: Tadzio
ところで、この展覧会タイトルは『SUGIMOTO VERSAILLES – Surface de Révolution』という。このことに触れておきたい。「Révolution」は一般には「革命」だが、回転という意味もある。回転式装弾機構を持った小銃を「リボルバー」と呼ぶように。だから、このタイトルの訳は「革命の表層」であり、またこの杉本の回転で出来上がったような立体作品が見せる表面、つまり有り様でもある。この宮殿の主たちは、革命の犠牲者になり断頭台に消えた。抜け殻になった場所での展覧会に、そんなダブルミーニングなタイトルを杉本は与えたかったのだろう。

●マリー・アントワネットが作った劇場を、杉本が「劇場」シリーズの手法で撮った。

「Petit Théâtre de la Reine(王妃の小劇場)」は今も美しく保存されている。  photo_Yoshio Suzuki
マリー・アントワネットは演劇に対し、情熱を傾け、敷地内に劇場も建設している。建築家は〈ベルヴェデール亭〉と同じくリシャール・ミーク。1780年春に竣工した。革命までの5年の間に、マリー・アントワネットはこの劇場のため何人かの作曲家に制作を依頼した。そして、ごく少数の観衆を前に、彼女自ら芝居を演じたのだという。

杉本はこの劇場に仮設のスクリーンを張り、自身の「劇場」シリーズの撮影法(映画1本の上映時の光を長時間露光で1枚のフィルムに収める。その照り返しによって劇場のインテリアが描写される)で撮影した。上映した映画は、ソフィア・コッポラ監督、キルスティン・ダンスト主演の映画『マリー・アントワネット』(2006年、アメリカ)。マリー・アントワネットは21世紀の映画監督に描かれた自分を見て、何を思うのだろう。
杉本博司《Petit Théâtre de la Reine》Hiroshi Sugimoto, Petit Théâtre de la Reine , Versailles, 2018, Gelatin silver print © Hiroshi Sugimoto Photo: Tadzio
杉本は現代美術作家としてのキャリアを写真作品からスタートした。そのため、2000年くらいまでは写真家と呼ばれていた。その後、建築の仕事、立体作品の制作、古典芸能のプロデュース、作庭、さらに『ロスト・ヒューマン』展(東京都写真美術館)や『信長とクアトロ・ラガッツィ』展(MOA美術館)のように単なる作品の陳列ではなく、展示全体でストーリー性を色濃く押し出したり、インスタレーション形式で見せるようになった。そんな杉本だが、写真による作品シリーズの一つに「ポートレート」がある。

ポートレート(肖像)といっても、杉本の被写体は生身の人間ではく、蝋人形だ。「ポートレート」シリーズは、杉本の仕事としてはさらにさかのぼる「ジオラマ」シリーズの延長、または応用である。「ジオラマ」シリーズでは撮影されるシロクマやオオカミは剥製だが、杉本の手にかかると剥製であることは忘れられ、リアルなものに見えてくる。その驚異と愉悦。しかも、時間の静止している被写体(剥製やジオラマ)を写真という装置でもう一度静止させる。
杉本博司《Napoléon Bonaparte, 1999》ナポレオンの蝋人形はフランス革命のあと、作られたものである。 Hiroshi Sugimoto, Napoléon Bonaparte, 1999, Gelatin silver print © Hiroshi Sugimoto
すでにこの世にいない人間であっても、蝋人形を撮影することによって、そこにいるかのように甦らせることができる。本人と見紛うリアルさで。そんな仕事に、杉本は1999年から取り組んできた。ヴェルサイユで展示することが決まった時、杉本はこの場所にゆかりの深い3人の人物を“呼び戻そう”と考えた。ルイ15世に仕えた啓蒙主義者ヴォルテール、そして、フランス共和国成立後の初代アメリカ大使として赴任したベンジャミン・フランクリン、そしてもう1人は皇帝ナポレオン・ボナパルトである。彼らは皆、〈ヴェルサイユ宮殿〉にやってきている。

杉本は彼らの肖像をすでにロンドンのマダム・タッソーの蝋人形館で撮影していたが、今回、それをまさにこの地で展示するという奇縁に恵まれた。そもそも「マダム・タッソー」ことマリー・グロシュルツはフランス革命前、ルイ15世お抱えの蝋人形師にして、子どもたちの美術教師としてヴェルサイユに滞在していた。フランス革命に巻き込まれ、ギロチンで処刑される側にいたが、蝋人形の技術を買われ、処刑は免れ、犠牲者のデスマスクを作る側にまわったという。