青物問屋の息子・伊藤若冲が描いた青果《菜蟲譜》|ニッポンのお宝、お蔵出し
おいしそう。みずみずしい。愛らしい。そんな果物や野菜の絵を集めた展覧会が京都で開かれています。伊藤若冲が晩年に描いた、10メートルもある《菜蟲譜》をじっくり鑑賞できるチャンスです。
日本ではそういった教訓や吉祥としてだけでなく、江戸時代に本草学(博物学)が流行すると姿形が注目され、写実的な絵も現れる。狩野探幽が晩年に描いた《草花写生図巻》にはトマトが描かれている。絵には「唐なすびと言もの也」の文章が添えられた。トマトは当時まだ珍しく、観賞用として珍重されていた。薄塗りを何度も重ねたトマトの実には透明感やみずみずしさが感じられる。
●「野菜対決」伊藤若冲vs呉春
展覧会の目玉は、伊藤若冲《菜蟲譜》と呉春《蔬菜図巻》の「野菜絵巻対決」だ。青物問屋の子だった若冲は、野菜には人一倍の思い入れがあったのだろう。《菜蟲譜》の主に前半にはおよそ100種もの野菜や果物が、後半には50種以上の虫や蛙が登場する。これは若冲の晩年に描かれたもの。透明感のある染料を多用した画面は濃密な《動植綵絵》とは違う、あっさりした画風だ。
野菜・果物の多くは中国で吉祥とされたものだが、山葵(わさび)など日本原産のものもある。海がない京の都では多くの野菜が栽培され、京野菜など他の地方ではあまり見られない品種も多い。若冲はそれらの多くを知っていたと思われるが、探幽のように写実的に描こうとしてはおらず、自由闊達な筆致でデフォルメを楽しんでいる。
呉春は若冲より30〜40歳ほど年下の絵師。彼の《蔬菜図巻》には《菜蟲譜》よりさらに淡い色調で43種の野菜が描かれる。蕪や人参など庶民的な野菜から山椒や独活(うど)など高級な食材まで、バラエティ豊かな野菜が季節に沿って並んでいる。こちらでは若冲のようにうねうねとした線が強調されることはなく、見るからに美味しそうだ。呉春は「くい物の解せぬ者は、なんにも上手にならぬ」という言葉を残したという食通だった。この季節はこの野菜がおいしいんだよ。《蔬菜図巻》はそんなことを教えてくれるような絵だ。グルメの呉春と奇想の若冲、同じ野菜でも見るところが違っているのが面白い。
呉春は若冲より30〜40歳ほど年下の絵師。彼の《蔬菜図巻》には《菜蟲譜》よりさらに淡い色調で43種の野菜が描かれる。蕪や人参など庶民的な野菜から山椒や独活(うど)など高級な食材まで、バラエティ豊かな野菜が季節に沿って並んでいる。こちらでは若冲のようにうねうねとした線が強調されることはなく、見るからに美味しそうだ。呉春は「くい物の解せぬ者は、なんにも上手にならぬ」という言葉を残したという食通だった。この季節はこの野菜がおいしいんだよ。《蔬菜図巻》はそんなことを教えてくれるような絵だ。グルメの呉春と奇想の若冲、同じ野菜でも見るところが違っているのが面白い。
会期の後期には、若冲の人気作《果蔬涅槃図》も登場、初公開されている富岡鉄斎《野菜涅槃図》との「野菜涅槃図対決」も行われる。どちらも釈迦の入滅を野菜たちが嘆くという図だ。釈迦自身も大根で表される。デフォルメされた若冲作のほうには珍しい品種のものも描かれる。野菜なのに感情豊か、嘆く声まで聞こえてきそうだ。鉄斎は他の若冲作品を模写しているが、《果蔬涅槃図》にインスピレーションを得たかどうかはわからない。いずれにしても「見立て」の妙が味わえる対決だ。
野菜や果物にこれだけの表情があり、さまざまな願いが込められてきたことがわかるのが面白い。さて今晩のおかずは何にしようか。会場を出るときにそんなことも考えてしまう展覧会だ。
特別展 フルーツ&ベジタブルズ-東アジア 蔬果図の系譜
〈住友コレクション 泉屋博古館〉京都市左京区鹿ヶ谷下宮ノ前町24。〜 12月9日(期間中、展示替えあり。詳細は公式サイトをご確認を)。10時~17時。月曜休。800円。
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青野尚子
あおの なおこ ライター。アート、建築関係を中心に活動。共著に「新・美術空間散歩」(日東書院本社)。西山芳一写真集「Under Construction」(マガジンハウス)などの編集を担当。