奈良美智さん、熊谷守一についてお話してください。 | ページ 2 | カーサ ブルータス Casa BRUTUS

奈良美智さん、熊谷守一についてお話してください。

高校の頃から熊谷守一(1880〜1977年)の絵に惹かれていた現代美術家の奈良美智さん。「青木繁の同級生がまだ生きててさ」と友達に話していたそうです。

●我が子の死

(左から)《陽の死んだ日》1928年 油彩・キャンバス 49.5×60.5cm 大原美術館、《ハルシヤ菊と百合》1926年 油彩・板 23.8x33.2cm 豊島区立熊谷守一美術館寄託。《陽の死んだ日》は、数え年4歳で急逝した次男、陽の死顔。何もこの世に遺すものがない息子を思って描いたが、描いているうちに“絵”を描いている自分がいやになってやめたと守一は語っている。30分くらいで描いたとも。左下に蝋燭が描かれており、この作品にも光と影というテーマが入ってきてることを示している。
《陽の死んだ日》という絵。描きたいものしか描かない。途中で描きたいものだけを描いている自分にふと気がつく。こういう、お通夜で。他の絵は絵として完成させている。でも、これは本当に感情の発露みたいな。それを途中で気がついてやめたんじゃないかな。そのとき我が子に対してとてもすまない気持ちになったんでしょう。それでも筆をとって描いたっていうのが画家の宿命かな、宿命だね。それを感じてすごく辛くなります。

●風景

(右から)《海》1947年 油彩・板 23.9×32.6cm、《海》1950年頃 油彩・板 12.5×17.5cm、公益財団法人 熊谷守一つけち記念館。奈良「47年と50年。昔の構図を確かめてもう一回ほぼ同じ、何も変えずに描いている。まあちょっとこっちは水平線が上がってたりするんだけど、たぶんそれはそんな重大な問題じゃないと思うんだけど。でも明らかにあとから描いたほうがいいので、そういう問題だったのかな」
守一は同じモチーフを何枚も描く。どんな大きさでもコンポジションがほぼ同じですね。すると、この四角に対してその比率でなければならないっていう、それが重要であって、大きさそのものはそんなに大切じゃなかったのかもしれない。この「F4号」(上記・右の《海》)というサイズがたぶんベストで、小さくしてもコンポジション、比率はほぼ同じなんですよね。画面の中の分割とかそういうことがすごく大切だったんじゃないかなって気がします。

サイズが同じだとやってることに集中できるし、気づくことが多くなって、次の仕事にパッと持っていける。そのベストのサイズというのが僕にもあります。ドイツ時代に描いていた「120×110cm」っていうのが僕のベストなサイズで、当時はほとんどそればかり描いていました。そうやって描いていくと、構成のバリエーションがあったとして、そのバリエーションが壊しやすくて、新しい展開がしやすくなっていく。同じ大きさだとそれができる。だからどんどん描けた大きさでした。守一にとっては、それが「F4号」なんじゃないかなと。いろんな構成を試して、自分の世界観をどんどん作っていったんじゃないかなって思います。
(左から)《御嶽》1953年 油彩・板 31.6×40.8cm 公益財団法人 熊谷守一つけち記念館、《木曽御嶽》1953年 油彩・板 24.5×33.5cm 岐阜県美術館寄託、《御嶽》1954年 油彩・板 24.2×33.3cm 岐阜県美術館。スケッチを元に型紙となるトレーシングペーパーに図を描く。板、カーボン紙、トレーシングペーパーと重ね、板に線を転写する。その手法で同図柄作品が複数制作された。
この風景もほぼ同じ構図。53年から54年。これ、大きな違いはやっぱり雲の逆光になって暗くなってる部分(左と中)っていうのが、こっち(右)でなくなって、それを全部逆転させて白い部分を大きくしてること。これ(左)やって、これ(中)やって、この3枚目(右)に気づいたのがそこだったのかなっていう。

もっとわかりやすく言うと、これ(左と中)だと雲が山の仲間になってて、空が抜けてるのね。で、これ(右)だと山と雲と空が全部分離してる。山はこっちの緑の山と一緒になってる(右)。で、こっち(左と中)では一緒になって、空、雲山、緑。この3つに分かれてる。その分かれ方をそこで変えて、この緑と山を一体化させて空の方に持っていく(右)。すると、この小さな白い雪、残雪がとても生き生きしてくる。絵としてすごく完成された感じがこの1年間の中にある。そんなことを思った。

●さらなる我が子の死

(右から)《萬の像》1950年 油彩・板 45.8×38.0cm 岐阜県美術館寄託、《ヤキバノカエリ》1956年 油彩・キャンバス 50.0×60.5cm 岐阜県美術館。長女、萬が亡くなって9年のちに描かれた《ヤキバノカエリ》。中間色の中央に黒い学生服の長男、その黒のさらに中心には長男に抱えられた骨壷箱の白さ。その長男の左に次女、右にはこの状況を客観視するかのように自身を描いた。
子どもがまた亡くなる。長女が21歳で。そういう時になると構成とかそういうものが影を潜めちゃって、描きたいものだけをつい描いてしまうというか、《萬の像》ではたぶん思い出の長女の顔にぐーっと行っちゃったんじゃないかって。非常に人間的ですね。線で描く、あの完成された熊谷守一の絵を見てると、すごく冷静な人のように見えるけど、実はやっぱり繊細で、そういうふうに子どもが死んだりすると、その子どものことだけを描いちゃうみたいなのがあって。なんとも人間的だなと僕は思ったんだけどね。

以前の陽が亡くなったときも直情的になって《陽の死んだ日》を描いたように、悲しい時泣いたり、怒りたい時怒ったり怒鳴ったりとかいう抑えられない感情というのが《萬の像》には多分ある。好きで好きでたまらなかった子どもに対する愛情みたいなものを失いたくなくて、子どもがいなくなったけどいなくなったと思いたくない。昔好きだった人とか死んじゃった親とか死んじゃった子どもの写真をいつまでも見る、そういうマイナス的な要素をすごく感じるんだけど、《ヤキバノカエリ》は明らかにそこから一歩抜けてすごく客観的に見ている。

この絵の中に自分が現れていることからわかるように、自分自身を客観的に見てる。やっぱり絵を忘れてなかった。その手助けになるのが先人たち、他の立派な絵を描いている人たち。その絵を見た時に我を取り戻すというか。単純な言い方をすれば、泣いてなんかいられない、みたいな。あるいはもっと純粋に「絵っていうのは面白いもんだ。そういう感情表現じゃないんだ。もっといろんなことができるんだ。構成とかいろんなことができるんだ」みたいなところにまで行って、戻ったんじゃないかな。

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