月や水に宿る光を感じる志村信裕の空間へ|青野尚子の今週末見るべきアート | ページ 2 | カーサ ブルータス Casa BRUTUS

月や水に宿る光を感じる志村信裕の空間へ|青野尚子の今週末見るべきアート

月と水、光が織りなす幻想的な空間が横浜の劇場に出現しています。アーティスト、志村信裕の個展はいつまでもその場にいたくなる心地よいインスタレーション。幻想的な作品の背後にあるものとは?

《Jellyfish》(2021年)。ガラスフィルムに触手の長いクラゲが投影されている。前に立つ観客の体に映り込むことも。背後には主に演劇の稽古に使われる鏡があり、ほかの作品が映し出されて複雑な光景を生み出す。
またクラゲは「海月」とも書くように、水中を漂うクラゲはまるで月が浮き沈みしているようにも感じられる。浜辺に打ち上げられたクラゲは玻璃(はり・ガラス)と呼ばれることもある。半透明のクラゲはその体に光を内包している。

ここでは通常なら下にあるはずの海面が天井に、床に落ちるはずの木漏れ日は垂直になったカーテン状の布に投影されている。志村はそれを「重力から解放されて、日常から離れる感覚」なのだという。映像が投影された壁の前に立ったり箱の上に座ることで、観客の身体に映像が映ることもある。作品が配置された空間に人という要素も加わって、より複雑な様相を見せる。
《Blue Hour》(2021年)。虹のプリズムから赤の要素を抜いた映像と青の照明をベンチに重ねている。観客が座ると光と水のゆらぎが観客の体に映り込む。
志村はもともと、作品を設置する空間の場所性や歴史を常に意識して制作している。この場が劇場であることはとくに重要な意味を持つという。

「演劇とはゼロから物語を生み出すもの。そうやって虚構の場を作り出していくところに惹かれます」(志村)

ここで彼は特定のストーリーを展開しているわけではない。観客はスタジオ内を自由に動き回りながら、自分なりの物語や解釈を感じていくことになる。作品単体で見るだけでなく、朧月をモチーフにした作品の背後に木漏れ日やクラゲの作品が見える、それだけでまた新しいストーリーが生まれる。
《静夜思》(2021年)。ガラスの浮き球越しに、天井に夜の海面を映し出す。暗い海に光の道が浮かび上がる。
この個展を構想していたときの志村の頭には月にまつわる詩として、星野立子のほかに李白の「静夜思」(せいやし)があった。静かな夜にふと、床を照らす月の光を見て「頭(こうべ)を挙げて山月を望み/頭を低(た)れて故郷を思う」と詠う漢詩だ。個展のための作品を制作しているときの志村はコロナ禍で千葉にあるスタジオから出ることも少なくなり、周囲の自然をより身近に感じたという。

「このインスタレーションは日常の風景や光をつなぎあわせてできたもの。そこからここではない場所や、今という瞬間ではない過去を見つけられれば」(志村)

李白は自分が寝ていた寝台の脇に映る月の光を見て、遠く離れた故郷を思った。ごく身近なものをモチーフにした志村のアートもここから遠いどこか、時空を超えた場に私たちを連れていってくれる。

KAAT EXHIBITION 2021「志村信裕展|游動」

〈KAAT 神奈川芸術劇場〉中スタジオ 横浜市中区山下町281。〜2021年10月8日。11時〜18時。月曜休。一般 800円。

青野尚子

あおのなおこ  ライター。アート、建築関係を中心に活動。共著に「新・美術空間散歩」(日東書院新社)、「背徳の西洋美術史」(池上英洋と共著、エムディエヌコーポレーション)、「美術でめぐる西洋史年表」(池上英洋と共著、新星出版社)。

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