「わからなさ」を見るための「目」のアート|青野尚子の今週末見るべきアート | ページ 2 | カーサ ブルータス Casa BRUTUS

「わからなさ」を見るための「目」のアート|青野尚子の今週末見るべきアート

思いもよらない仕掛けで鑑賞者に楽しい驚きを体験させてくれる現代アートチーム「目」。千葉市美術館で開かれている個展『非常にはっきりとわからない』でも意外な体験が待っています!

『非常にはっきりとわからない』インスタレーション風景。
『非常にはっきりとわからない』インスタレーション風景。
『非常にはっきりとわからない』インスタレーション風景。
『非常にはっきりとわからない』インスタレーション風景。
この展覧会のきっかけのひとつに、「美術館という場所について捉え直したい」という学芸員の畑井恵さんの思いがあった。2020年にリニューアルオープンを控える〈千葉市美術館〉。美術館が変わろうとする状況の中で、アーティストはそこにどんなものを創造してくれるのだろう? そんな期待とともに展覧会の準備は始まった。
〈千葉市美術館〉がある建物の1階外側の重厚な扉。〈千葉市美術館〉のサイトには「昭和2年、建築家・矢部又吉の設計で建てられた旧川崎銀行千葉支店の建物を保存したもの」との記述がある。
〈千葉市美術館〉がある建物のエントランス。美術館は7、8階にある。
〈千葉市美術館〉がある建物の外側。
〈千葉市美術館〉がある建物の1階外側の重厚な扉。〈千葉市美術館〉のサイトには「昭和2年、建築家・矢部又吉の設計で建てられた旧川崎銀行千葉支店の建物を保存したもの」との記述がある。
〈千葉市美術館〉がある建物のエントランス。美術館は7、8階にある。
〈千葉市美術館〉がある建物の外側。
一方、「目」のメンバーは当時話題になっていた「チバニアン」に向かう。77万年前に起きたという地磁気逆転(地球のN極とS極が入れ替わる)を記録した地層があるとされる場所だ。地磁気逆転はこのほかにも数回起きており、チバニアンの地層はそのひとつを示すと考えられている。

「77万年前には地球が逆さまだったんだ、と思ったんです。その他にも地表がすべて氷で覆われていたり、巨大生物が闊歩していたりといったことが起きていたんですよね。知識としては知っていたけれど、そんな天変地異が当たり前、まるでダイアリーのように地層には重なっていて、その上に僕らの現実というものが乗っかっている。この地球は、そんなむちゃくちゃな状況が何度も繰り返されるのが普通なんだとあらためて思いました。そんな地球の『普通』から、現実の美術館というものを見ると、まるでバクテリアのようにひたすらに搬入・展示・搬出という運動を繰り返し行っている場所のように思えてきます」
『非常にはっきりとわからない』に出品されている《アクリルガス》2008年。融解する絵具が溶けている最中に固められたガス惑星のような作品。
チバニアンの地層が露出しているところには説明板があり、地磁気逆転と地層について記述されているのだが、最後に「本当はどうなのかまだはっきりしたことはわかっておらず、研究が続いている」といった意味のことが書かれているのだそう。目の荒神明香と南川憲二は、そのことにも衝撃を受けた。地磁気逆転という理解を超えることが起きたと書かれていて驚いているところに、それが本当かどうかわからない、とも書かれているのだ。

「本当のことはわからない、と書かれているのを見て、どんどん面白くなってきた。同時に『この地層が地磁気の逆転を表しています』といった説明がないと、土の肌だけを見てもよくわからない自分たちもいる。説明文を読んでものの見方が変わってしまうというのはどういうことなんだろう、という疑問も湧いてきた。そして、もっと現実を現実のまま、よくわからないもののまま、遠くから見たい、と思ったんです」
『非常にはっきりとわからない』インスタレーション風景。
「わからない」といえば、展覧会タイトルも不思議なフレーズだ。「はっきりと」と「わからない」という矛盾した言葉がつながっている。目の荒神明香は「わかることよりも、わからないことのほうがはっきりしている」「わからないがある、ということがはっきりしている」と言う。

確かにこの展覧会はわからないことだらけだ。通常のアートには額縁など、作品と、それ以外のものを示す結界のようなものがあるのだが、「非常にはっきりとわからない」の会場で観客は、その境界線があいまいな場に放り出される。私たちは今目にしているものが何なのか、作家が何を表現しようとしているのか、そもそもそれはアートなのか、そのオブジェは誰が作ったものなのか、次々と湧いてくる疑問に取り囲まれてしまう。

「なんのことだか、わけのわからないところもあるでせうが、そんなところは、わたくしにもまた、わけがわからないのです」。詩人であり、作家の松浦寿輝は宮沢賢治の『注文の多い料理店』序文からこの文章を引用して、次のように書いた。

「わけのわからなさ。あらゆる方向=意味(サンス)を見失ったこの言語的知覚の失調状態にどこまでも耐えつづけるすべを心得ているということ、それこそ、詩人に要求される唯一の資質というべきである。」(「無音の声の物語」/『口唇論』(1985年、青土社)所収)

彼はそれを詩人に必要な資質というが、私たちがアートを前にするときに要求される態度でもある。方向も意味も失われた空間に放り出されてその場にとどまり、わからなさそのものに身を浸すこと。アートの醍醐味はそこにあるのだ。

『目 非常にはっきりとわからない』

〈千葉市美術館〉
千葉県千葉市中央区3-10-8 TEL 043 221 2311。〜12月28日。10時〜18時(金・土曜〜20時)。一般1,200円。

「目」

アーティスト荒神明香、ディレクター南川憲二、インストーラー増井宏文を中心とするユニット。主な活動に「憶測の成立」(2015年、越後妻有トリエンナーレ)、「Elemental Direction」(2016年、さいたまトリエンナーレ)、「迷路のまち~変幻自在の路地空間~」(2016年、瀬戸内国際芸術祭)など。

青野尚子

あおのなおこ  ライター。アート、建築関係を中心に活動。共著に「新・美術空間散歩」(日東書院本社)。西山芳一写真集「Under Construction」(マガジンハウス)などの編集を担当。