「世界の見方」を描くジュリアン・オピーの秘密|青野尚子の今週末見るべきアート | ページ 2 | カーサ ブルータス Casa BRUTUS

「世界の見方」を描くジュリアン・オピーの秘密|青野尚子の今週末見るべきアート

日本の美術館では11年ぶりのジュリアン・オピーの個展がはじまりました。新作を中心に、大空間をダイナミックに構成した個展です。展示作業が終わったばかりの会場でオピーさんに聞きました。

《3 stone sheep》2018年。「羊や鯉をモチーフにしたのは、それがどこにでもいるありふれた動物だから」(オピー)。虎やキリンといった珍しい動物だとまた違った意味になってしまう。
オピーの作品では素材の選択にも意味がある。LEDにはよく見ると電球の大きいものと小さいものとがある。立体の人物像はブロンズでできていて、石の台座がついている。

「LEDの電球が大きめなのは強くて攻撃的な感じがする。交通標識みたいだよね。電球が小さいのは新しいものなんだ。屋外に置くのには不向きだけどアニメーションがなめらかに動く。テクノロジーの進化で表現も変わるんだ。ブロンズや石は、墓地や古代ギリシャ・ローマの遺跡を思わせる。重々しくて価値があり、永続するイメージだ。ほとんどメランコリックですらある。羊はそれ自体があまりシリアスじゃないから、石のように強くて重くてスローな素材が合うと思ったんだ。僕は長いこと仕事をしているからLED、ブロンズ、木、ペイントなどあらゆる素材を試してきたような気がするけれど、今も表現の新しい可能性を広げてくれる素材を探している」
《Tatoo》2018年(部分)。腕のタトゥーは平面に見えるが実は立体的。カットした板を重ねている。
左《Towel》2018年、右《Headphones》2018年。それぞれの人物の特徴や持ち物がタイトルになっている。
《Satchel》2018年。サッチェルはイギリスでよく使われる通学カバン。
オピーが浮世絵の愛好者であることはよく知られている。今回は展示されていないが、浮世絵を直接的に引用した作品もある。浮世絵のほかに古代エジプト絵画やヒエログリフ(エジプト文字)からもインスピレーションを得ている、と彼は言う。エジプト絵画は太い輪郭線で対象の特徴をとらえた線画で、人物はすべて横向きだ。

「子どものころ、エルジェのマンガ『タンタン』をよく見てた。彼の絵は『北斎漫画』などの浮世絵と似たところがあると思う。浮世絵では歌川広重が好きで、毎日のように画集を眺めている。彼の絵を見ていると自信が湧いてくるんだ。広重の絵で僕が特に好きなのは、喜多川歌麿のように顔を大きく描いた絵ではなく、道を歩いていく人などの風景の中の人物像だ。顔はごく小さくて目が点で表現されていて、顔よりも体のポーズや傘などの持ち物がその人の個性や感情を表現している」
《Valley》2019年。「壁に掛けられた風景画は窓のようだ」とオピーは語る。
《Valley》2019年(部分)。風景画も板を重ねた構成。
オピーは以前、スピードと風景の見え方との関係性について「車で街を走っていると街並みが書き割りのように見えてくる」と語ったことがある。

「特に風景を見る場合、見る側のスピードは重要になってくる。電車だとひとつの場面だけではなく、始めから終わりまでのシークエンスが旅を形作る。車を運転しているときはちょっと違う。前方に集中しているから、トンネルの中を通過するような感じになる。2番目の展示室にかけてある3枚の風景画のうち1枚は川を行くボートから、もう1枚は電車から見た風景を描いたものなんだ」

オピーの作品はこういった、世界の認知の仕方が大きなテーマのひとつだ。

「80年代に初めてウォークマンを試したとき、『うわ、現実が映画になった!』と思ったのを覚えている。一度この体験をしてしまうと、人生がサントラつきの映画みたいになって、以前のような感覚を味わうことが難しくなる。僕たちは現実が近すぎると思えるとき、ガラスやスマホや映画や音楽を通じて現実が押し寄せてくるのを防ぐ。少し離れたところから現実を解釈してストーリーを作り出したりもする。僕にとってアートを制作することはそんなふうに、後ろに下がって押し寄せてくる現実の外側に立ち、ある重さと質感のあるオブジェをつくることなんだ」
《Jada Teresa Yasmin Julian 2》2019年。LEDでランニングする人を表現。ゆったりと走る人、せかせかした感じの人と、それぞれ個性的だ。
今回展示された絵は一見フラットなものに見えるけれど、そうではない。人や顔、服の形に切り抜かれた厚い板が重ねられてイメージを形作っている。だから、作品を観るときに少し角度を変えると、違う景色が見えてくる。

「僕の作品の中心にあるのは、いかにして絵やオブジェ、素材、世界を読み取るのか、ということだ。音楽を聴いたり映画を観るのは受け身の行為だけれど、展覧会は違う。自分から作品に近づいてその周囲を巡り、自分が観ているものに反応しなくてはならない。そこにはトリックや何かを露わにしたり隠したりといろんな操作があって、それが『観る』というプロセスなんだ。この関係性を、僕は気に入っている。だから絵や彫刻は毎日でも観ていられるし、新しい発見がある」

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