祝、プリツカー賞! RCRアーキテクツが日本で語ったこと。 | ページ 2 | カーサ ブルータス Casa BRUTUS

祝、プリツカー賞! RCRアーキテクツが日本で語ったこと。

28年ぶりに日本で開かれた“建築界のノーベル賞”、プリツカー賞の授賞式典。5月20日、東京・赤坂の〈迎賓館赤坂離宮〉を舞台に受賞者のRCRアーキテクツを始め、プリツカー財団のトム・プリツカー氏、プリツカー賞審査員らが集い、盛大に行われました。式直前のRCRアーキテクツへのインタビューでは、詩的かつ哲学的な言葉が次々と飛び出しました。

プリツカー賞審査員らも加わっての記念撮影。前列左端に白いスーツのリチャード・ロジャース、後列右から4人目に張永和がいる。前列、RCRアーキテクツの両側にいるのはプリツカー夫妻。The Hyatt Foundation /Pritzker Architecture Prize
伊東豊雄、グレン・マーカットらと談笑するRCRアーキテクツ。The Hyatt Foundation /Pritzker Architecture Prize
彼らのこんな姿勢はRCRアーキテクツがスペイン・カタルーニャ地方・オロットを拠点にしていることとも関係しているかもしれない。3人はバルセロナで学んだ後、故郷の地方都市に戻ってRCRを設立した。

ラモン・ヴィラルタ「大都市に残って他の有名な事務所で働こうとは思いませんでした。私たちにとっては自分の出身地に戻るのは当然の選択だったのです。私たちは“大文字の建築”、つまり一般的な建築ではなく、自分たちにしかできない建築をやりたいと考えていました。建築はこうあるべき、といった常識や思い込みにとらわれないようにしたいと思ったのです」

ラファエル・アランダ「事務所を設立したとき、私たちは予算も規模も小さなプロジェクトから始めることにしました。住宅やパビリオン、緑に親しめる小さな施設などです。そこで実績を積むことで、私たちが考えている建築とはどのようなものかを表明しようと思ったんです」

カルメ・ピジェム「私たちはクライアントや建物のユーザーとの対話が重要だと考えています。一緒に同じ道のりを旅していくような感じです」

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