Tomas Maier Meets Le Corbusier日本唯一のル・コルビュジエ建築でトーマス・マイヤーが見たものは?

国内唯一のル・コルビュジエ建築にして、世界に三つしかないコルビュジエ設計の美術館のひとつ〈国立西洋美術館〉。今回の日本のモダニズム建築を巡る旅は、ここから再び始まった。
photo_Tetsuya Ito editor_Jun Ishida

01 国立西洋美術館

The National Museum of Western Art (1959)
Ueno, Tokyo
by Le Corbusier

1959年竣工。設計:ル・コルビュジエ。印象派絵画を中心とした仏美術を主にする松方コレクションを展示するために作られた美術館。2016年7月世界遺産に認定。 ●東京都台東区上野公園7-7 TEL 03 5777 8600。9時30分〜17時30分(冬期〜17時、金〜20時)。月曜休(祝日・振替休日は翌日休)。常設展観覧料430円。 http://www.nmwa.go.jp

2014年秋に、〈ホテルオークラ東京〉をはじめとする日本のモダニズム建築視察を行ったトーマス・マイヤー。16年6月、彼が再来日した。今回の目的は、5月に世界遺産登録の適否を事前審査する組織イコモス(国際記念物遺跡会議)から勧告を受け、世界遺産登録が間近に迫った〈国立西洋美術館〉を訪れること。過密日程のなか、ドコモモ・ジャパン代表を務め近代建築の保存に取り組む松隈洋の案内で上野を訪ねた。

トーマスがこの美術館を訪れるのは初めてだ。まず「19世紀ホール」に足を踏み入れる。天井からの美しい光が空間に満ちている。「コルビュジエは美術館の敷地下見のため、昭和30年に日本を訪れました。その時2泊3日で関西を訪れ、奈良・東大寺と京都・桂離宮を見ています」。松隈が解説する。

松隈によれば、ル・コルビュジエが日本で描いたスケッチを見ると、19世紀ホールの吹き抜け部分のデザインは東大寺大仏殿の柱と梁、美術館屋上の卍形に配置された採光窓は桂離宮卍邸の四ツ腰掛けの配置、を思わせるという。また、コルビュジエが描いた美術館のデッサンにある三角屋根は富士山ではないか、と指摘する若き日のコルビュジエは、スイス、ラ・ショー・ド・フォンでの美術学校時代、教師レプラトニエからたくさんの浮世絵の画集を見せられたという。「そこで日本文化の美意識を学んだのですね」とトーマスも興味深げに頷く。「コルビュジエが、来日した日本で何を見たかを考え美術館を見てみると、また違った見方ができます。彼は普遍的なものというより、その土地に根差したものは何かを考えデザインしようとしました。日本ならではの美術館をつくろうとしたんです」(松隈)

スロープを上がり2階の展示室へ。トーマスは、今は使われていない中3階展示室へと続く階段の造形美に目を奪われる。さらに足を進め、2階の窓から1979年に増築された新館を見る。弟子の前川國男によって設計された建物は、緑釉タイルを外壁に施し、本館に対して「沈む」(松隈)よう配慮されている。本館と新館に囲まれた中庭を見ながら、「MoMAのように彫刻作品を置いたら素敵ですね」と呟くトーマス。

最後に二人は、地下へと足を運んだ。美術館の免震構造を見るためだ。〈国立西洋美術館〉は、日本で初めて免震工事を施した建物だ。「コルビュジエが生み出したコンクリートの美しい柱が守られたのは98年に免震対策を行ったから。当時は世界遺産になると想像していませんでしたが、構造家と歴史家が柱の重要性を説きました。もしそれがなかったら、このような独立柱では耐震基準を満たせず、コルビュジエが嫌った壁を柱に足して補強しなければならなかったでしょう」と松隈が考え深げに語る。トーマスはその技術に感心し「モダニズム建築はできるだけ建築当初に近い形で美しく保たなければなりません」と、その保全への決意を新たにした。

図面では出口とされていたが、開館以来使用されたことがないテラスに上がるトーマス。外壁には高知・桂浜の青石が埋め込まれていたが、剥落が激しく現在はフィリピン産の石を使用。
案内人:松隈 洋
ドコモモ・ジャパン代表

まつくまひろし 1957年生まれ。80年、前川國男建築設計事務所入所。2008年より京都工芸繊維大学教授。近代建築史、建築設計論が専門。2000年より日本におけるモダニズム建築の調査・保存を行う「ドコモモ・ジャパン」のメンバーとなり、13年代表に就任した。 http://www.docomomojapan.com