Dawn of the Modern in Japanル・コルビュジエの弟子たちの建築を訪ねて。

日本における近代建築の幕開け前夜、パリへと渡りル・コルビュジエの下で学んだ建築家たち。彼らは何を学び、何を日本で花開かせたのか。前川國男、坂倉準三が手がけた建築を訪ねます。
photo_Tetsuya Ito editor_Jun Ishida
オーギュスト・ロダン作《カレーの市民》が設置された〈国立西洋美術館〉前庭から〈東京文化会館〉を見る。文化会館の巨大な庇は、その下に人々を招き入れる大らかさがある。

02 東京文化会館

Tokyo Bunka Kaikan (1961)
Ueno, Tokyo
by Kunio Maekawa

1961年竣工。設計:前川國男。開都500年記念事業として上野公園内に建てられた芸術文化施設。前川國男の師であるル・コルビュジエの〈国立西洋美術館〉の向かい側に建つ。大ホール、小ホール、ホワイエなど大きさの異なる空間を曲面大庇の下に統合。 ●東京都台東区上野公園5-45 TEL 03 3828 2111。10時〜22時。 http://www.t-bunka.jp

ル・コルビュジエには3人の日本人の弟子がいる。前川國男、坂倉準三、吉阪隆正だ。彼らは1955年、美術館の敷地下見に来日したコルビュジエに随行し、のちに彼がつくった〝寸法のない〟図面を基に〈国立西洋美術館〉の実施設計を担当した。この美術館は、日本の弟子なしには実現しなかったと言える。日本のモダニズム建築を語る上で欠かせない三者が、何を師から学び、日本で花開かせたのか。トーマスは、前川&坂倉の設計した建築へと向かった。

〈国立西洋美術館〉の向かいには、前川國男が設計した〈東京文化会館〉が建つ。西洋美術館の2年後に竣工したこの建物は、前川がコルビュジエにオマージュを捧げたものと言われている。当初、コルビュジエは上野に一大文化センターを構想し、西洋美術館に加え企画展示パビリオンと音楽・演劇ホールも含めたプランを作った。この案自体は実現しなかったが、前川には師の意志を受け継ぎ音楽ホールを作ろうという思いがあっただろう。

実際、美術館と文化会館は建物の高さが揃えられ、外壁も呼応するような素材(美術館は丸石、文化会館は砕いた大理石)が使われている。「東京文化会館の窓の縦枠の間隔は、西洋美術館の前庭の床目地の間隔に揃えています」と松隈は説明する。「文化会館の形は、左右に大小のホールがあり、間にお盆のような庇があります。コルビュジエは日本で盆に置かれた椀の配置を見て感動したそうですが、この構造はそこからヒントを得たとも考えられます」と続けると、「前川さんの師へのリスペクトなのでしょう」とトーマスもその師弟関係に思いを馳せる。

  • 小ホールへと続くスロープからロビーを見渡すトーマス。後ろに見える大ホールの外側は日本の城の石垣を思わせるデザイン。建物を外から見ると、大ホール部分の外観も同様のデザインに。
  • コンクリート打ち放しの庇が重厚感ある外観。
  • 〈東京文化会館〉の裏手から資料を見ながら建物の構造を確認するトーマスと松隈。
  • 素材の感触を楽しむトーマス。
  • ロビー廊下の壁には砕いた大理石を打ち込んだコンクリートパネルが使われている。このパネルは外壁にも使われ、石が埋め込まれた〈国立西洋美術館〉の外壁と調和すべく用いられている。

03 神奈川県立音楽堂

Kanagawa Kenritsu Ongakudo (1954)
Yokohama, Kanagawa
by Kunio Maekawa

1954年竣工。設計:前川國男。横に同じく前川設計の図書館が建つ。計画時は戦後すぐの経済難もあり音楽堂建設反対の声もあったが、図書館と一体化することで議会承認を得た。90年代に再開発計画が持ち上がるも市民の反対により中止に。 ●神奈川県横浜市西区紅葉ヶ丘9-2 TEL 045 263 2567。9時〜17時。月曜休。 http://www.kanagawa-ongakudo.com

トーマスは、さらに前川の建物を見るべく横浜の〈神奈川県立音楽堂〉へと向かった。音楽堂は前川初の公共建築であり、戦後間もない1954年に建てられた。「東京文化会館は〝音楽の殿堂〟にふさわしい立派な造りですが、ここはもっと気楽に音楽に入っていけるようデザインされています。造りは文化会館と同じで、柱が構造となり周囲をガラス壁にすることで内と外を一体化するものですが、印象は異なり、音楽堂のほうがより軽やかです」と松隈は語る。

ホール内部に入ると、トーマスは驚いた表情を見せる。「木製とは予想しませんでした」。音楽を愛した前川らしく、ホール内部は壁のみならず骨組みも客席も音の響きのいい木にこだわった。「アコースティックな音の響きを音楽家は喜びますね」と、トーマスも音楽好きの顔を覗かせる。音楽堂は90年代に再開発に伴う取り壊しの話が持ち上がったが、ホールを愛する市民や音楽家、建築家の願いにより建て替えの危機を免れた。

建物の構造がよくわかるホワイエ。柱が構造となり、段々になった天井の上が客席の床部分となっている。
  • 職人の手作業でつくられたテラゾー(人造大理石)製の床。
  • 外の景色が楽しめる2階ロビー。建物裏手に公園があり、当初は建物と公園を繋げるプランだった。

04 旧 神奈川県立近代美術館 鎌倉

The Museum of Modern Art, Kamakura (1951)
Kamakura, Kanagawa
by Junzo Sakakura

1951年竣工。設計:坂倉準三。日本初の公立近代美術館として開館。坂倉は師であるコルビュジエより先に美術館を完成させ、1955年にはコルビュジエも視察に訪れた。66年には旧館東側に新館が完成、コルビュジエの「無限成長美術館」を実現させた。鶴岡八幡宮との敷地賃貸契約終了で2016年3月31日で閉館。 ●神奈川県鎌倉市雪ノ下2-1-53 鶴岡八幡宮境内。

そして一行は、今回の建築ツアー最後の目的地へ。1951年に開館した坂倉準三設計の〈旧 神奈川県立近代美術館 鎌倉〉である。コルビュジエも1955年の来日時にこの美術館を訪れている。自分の美術館より先に実現化した坂倉の美術館に、師はどのように感じたのか?

美術館は敷地の賃貸契約切れの理由で2016年3月いっぱいで閉館となったが、今回は特別に内部を見せてもらうことができた。作品が撤去された空の美術館を歩きながら、ここもまたコルビュジエの「無限成長美術館」の概念に基づいていると松隈が説明する。

展示室の階段から1階のテラスへと降りる。「手前の手すりと奥の階段壁、さらに奥に見えるテラスの柵のコンポジションが絶妙だ」と自らのi Phoneで写真を撮るトーマス。この建物はこれからどうなるのですか? と尋ねると「まだ決定されていません。文化施設として使われるとよいのですが」と松隈も建物の将来を憂える。

免震化され当初の姿を保つことにより世界遺産になった〈国立西洋美術館〉、建物を愛する人々の思いにより建て替えの危機を免れた〈神奈川県立音楽堂〉、建物の存続は決まったもののその用途は決定されていない〈旧 神奈川県立近代美術館 鎌倉〉。モダニズム建築の運命は様々だ。トーマスの貴重な日本のモダニズム建築を訪れる旅は、まだ始まったばかりだ。

2階の展示室からテラスへと降りる階段。
  • 中庭。かつてイサム・ノグチの彫刻作品《こけし》が展示されていた様子の写真を見たトーマスは「完璧なコンビネーション」と絶賛。
  • 平家池に面したテラス。水面の揺らぎがテラスの天井へと反射・投影される。