ジャパニーズ・モダンの最高峰
オークラ本館の魅力をじっくり研究してみましょう。

世界のさまざまなクリエイターが愛してやまない〈ホテルオークラ東京〉。特に1962年に完成した本館は、「モダニズム建築の名作」として絶賛されています。その魅力を、建築、デザインの視点から探ってみました。

谷口吉郎が設計した本館ロビーのメザニン(中2階)からの眺め。奥の壁には富本憲吉の意匠による花の紋様が、天井からは「オークラ・ランターン」が下がる。控えめな光が至福の時をもたらす。


日本の工芸美が集約されたホテル。

「世界に誇る日本の美」を体現しようとしたオークラは、当時の日本における最高峰の建築、工芸を集約したものでもあります。まずはその誕生の歴史をひもときましょう。

ホテルオークラ東京をつくった人たち。
オークラの設計にあたっては谷口吉郎(ロビー、オーキッドルーム、オーキッドバーを担当)、小坂秀雄(郵政省建築部長/外観、平安の間、千歳の間を担当)、清水一(大成建設設計部長/和風宿泊室を担当)、伊藤喜三郎(伊藤建築研究所所長/中小宴会場を担当)、岩間旭(三菱地所建築部長)らによる設計委員会が組織された。意匠委員会は溝口三郎(文化財専門審議委員)、繁岡鑒一(画家/旧帝国ホテルなどの装飾を担当)、広井力(イサム・ノグチに師事した彫刻家)、岩田清道(石草流家元)、縣治朗(日本画家)らの各氏。

谷口吉郎

たにぐちよしろう 1904年生まれ。

主な作品に〈秩父セメント第2工場〉〈帝国劇場〉〈東京国立近代美術館〉イサム・ノグチと協働した〈慶応義塾大学第2研究室(新萬來舎)〉など。明治建築を展示する博物館明治村の発案者でもある。79年没。

トーマス・マイヤーをはじめ、〈ホテルオークラ東京〉びいきの海外クリエイターは多い。彼以外にもミウッチャ・プラダやレム・コールハース、あるいは先日アップルへの入社で話題を呼んだマーク・ニューソンなど、一見古風とも思えるこのホテルにたくさんの人がかけがえのない魅力を感じている。

オークラは1958年、帝国ホテルの経営にも関わっていた大倉喜七郎の発案に始まる。彼はイギリス留学の経験もあり、芸術・文化に深い関心を持っていた。設計には谷口吉郎ら5人の建築家による設計委員会があたった。国際化社会の到来を見据え、「世界をもてなす」舞台の必要性を感じ、欧米の模倣ではなく日本の美を体現したホテルを、と考えた大倉は設計委員会の建築家たちに大倉集古館にあった《平家納経》の模写を見せたという。金銀の切箔や水晶と透かし彫りの金具で飾られた優美な装飾写経だ。藤原時代の代表的な建築である京都御所を見学したこともあった。大倉は藤原時代の洗練された優雅さを採り入れたデザインを期待していたのだ。

デザインは設計委員会に一任されていたが、ほとばしる情熱を抑えきれない大倉が口を出すこともあった。例えば「外壁の色は画家に決めてほしい」と言い出して画家の前田青邨を訪ねたことがある。前田は図面をじっと見て、「私は絵描きだから建築の色はわからない。建築家に決めてもらいなさい」と言ったという。またロビーには光悦・宗達の絵をイメージした〝夢の架け橋〟を架けようとしたが、模写に終わってしまうと危惧した谷口はその精神を採り入れ、ロビーを見下ろせるメザニンをつくった。富本憲吉の四弁花紋をつづれ織りで表した意匠も飾られるこのロビーには、障子を通じて柔らかい光が満ち、オークラの中でも象徴的な場所となっている。

インテリアデザインや家具、食器、マッチやメニューなどのデザインは画家や彫刻家たちからなる意匠委員会が選定、銀杏や亀甲、麻の葉などの意匠が吟味されて使われた。銀杏は敷地内にそびえる大銀杏の木々から着想されたもの。また大倉家の家紋から想を得た菱文様もさまざまなバリエーションであしらわれている。

  • 傾斜を生かした建物です。
    写真中央の敷地、旧大倉邸跡地一帯は東京都の緑地に指定され、大規模建造物の建設が制限されていた。そこで傾斜を生かし地上6階、地下4階とした。
  • 「なまこ壁」はこうしてつくりました。
    工事中の建物を東側から見たところ。「なまこ壁」はすでに完成している。なまこ壁は「城郭建築のような横の線を強調する」ために採用された。
  • 3つの棟が延びる「三ツ矢式建築」。
    550ある客室のどの部屋からも外の景色が楽しめるよう、東・南・北の3つの棟を放射状に組み合わせた「三ツ矢式建築」に。この写真は完成直前のもの。

ホテルを飾る「意匠」の秘密をご存じですか?

オークラ設計時に組織された「意匠委員会」が、ホテルの内・外観で日本の伝統的美意識を表現するために用いたのが、「和の意匠」だ。館内の至るところにちりばめられた意匠とそこに秘められた意味を探して回るのも、オークラならではの楽しみ方の一つ。

  • 01. 三十六人家集料紙の文様
    宴会場「平安の間」壁面。柿本人麻呂らの和歌をまとめた京都・西本願寺所蔵の三十六人家集の料紙の箔、重ね継ぎ、破れ継ぎなどの継ぎ色紙の技法がもと。王朝文化をしのばせる。
  • 02. 竹
    東洋でよく育つ竹はなじみの深い植物。本館ロビーの障子越しに透けて見える窓外の竹は墨絵のような趣だ。特に朝は影がくっきりと映り、すがすがしい気持ちにさせてくれる。
  • 03. 藤
    宴会場入口のシャンデリアは藤の花の一房を単純化した意匠。藤は平安時代の宮中で「藤花の宴」が催されるなど、初夏の花として親しまれ、工芸品などにも広く取り入れられている。
  • 04. 鱗紋
    玄関の軒回りにあしらわれた三角形の陶板は魚や蛇の鱗のようなので「鱗紋」と呼ばれる。もとは庶民に広く使用されたが、単純で直截な柄は鎌倉時代の武士に好まれ、後に武家の家紋にもなった。
  • 05. 亀甲紋
    正六角形の亀甲紋は亀の甲羅に似ていることから、長寿や吉祥のシンボルとして平安時代から盛んに使われている。オークラでも多様な亀甲紋が外壁、間接照明など随所にあしらわれている。
  • 06. 菱紋
    新潟の溝口家の家紋で、娘が喜七郎と結婚する際、五階菱が大倉家の家紋となったため多用された。写真のエレベーターの扉の菱くずし文様は大倉喜八郎(喜七郎の父)の向島別邸の襖に由来する。
  • 07. 切子玉形
    古墳時代の装飾玉のひとつで、水晶の結晶の上下を切り落として磨き上げたもの。ロビーなどにはこれをモチーフにした照明が配され、「オークラ・ランターン」の名で親しまれている。
  • 08. なまこ壁
    瓦を張りその目地に漆喰を盛り上げた「なまこ壁」は古い民家や土蔵、城郭によく見られる。この意匠を引用したオークラの外壁は、平瓦の目地に白い陶製タイルを張り込んだもの。
  • 09. 梅
    本館ロビーのテーブルと椅子は上から見ると、漆仕上げのテーブルが梅の芯に、5つの椅子が花弁のように見える。和菓子や屏風絵などにも採り入れられて広く親しまれている意匠だ。
  • 10. 麻の葉紋
    麻の葉を広げたように見えるのでこの名がある、代表的な女柄。単純だが非常に巧みな構成の文様だ。写真の本館ロビーの木組み格子は一つ一つ木を組んでいるため、移設や修理が難しい。