建て替え直前のソニービルで時代を振り返る『It’s a Sony 展』

東京・銀座のソニービルで開催中の『It’s a Sony 展』が、連日、多くの人々で賑わっている。本展は、来年春からはじまるソニービルの建て替えを中心とした「銀座ソニーパークプロジェクト」の一環として、50年余りのソニービルとプロダクトの歴史を写真や実物で一気に振り返るというもの。「あーこれ覚えてる!」と思わず声を出してしまいそうな、懐かしいソニー製品や広告など、レアなアイテムが多数登場している。

銀座・数寄屋橋交差点の見慣れた光景は、来年以降、ガラリと変わる。ソニービルは2017年3月31日をもって営業終了、その後、解体される予定だ。

ソニー株式会社の創業は1946年のこと。当時の社名は東京通信工業株式会社(東通工)。社名をソニー株式会社に変更したのが1958年のことで、銀座のソニービルがオープンしたのは、その8年後となる1966年4月のことだった。ビルオープン当時は、外壁にはめ込まれた2300個のテレビ用ブラウン管や、日本一速いエレベーターなどが話題を呼び、来館者が1日2万人を超える日もあったという。

ソニービルオープンを告げる、当時の広告。「数寄屋橋交差点の1日の交通量が約30万人」とある。

建築家・芦原義信はソニービルを設計するにあたり、「花びら構造」という独自の考え方を生み出した。ひとつのフロアを田の字のかたちに4分割し「真ん中の柱を中心に4つのセクションを少しずつ段違いにして、ひと回りでちょうど1フロア分下がる」というアイデアだ。

“ビル全体がショールーム”という、当時としては画期的なコンセプトだったソニービルは「花びら構造」という独自の考え方を使って設計された。展示では「花びら構造」について模型を使って解説している。

このアイデアの着想には、ニューヨークのグッゲンハイム美術館があった。創業者のひとりである盛田昭夫が、同美術館の「渦巻き状の通路を、絵を見ながら歩いて行くと、自然に下まで来てしまうという構造」が「お客様が次々と興味を持って見て回れるショールームの構造にふさわしい」と思いついたことが、特徴的なソニービル設計へとつながったわけだ。

50年の間に、ソニービル館内も変化を重ねてきた。竣工当初の柱や壁は展示の都合で長く覆われていたが、本展を機に部分的に取り払い、当時の姿を見ることができるようになっている。

竣工当初のタイルも見ることができる。