CULTURE
中川李枝子 × 宮崎駿、『ぐりとぐら』を語る。
May 16, 2014 | Culture | A Wall Newspaper | photo: Junpei Kato text: Kana Umehara editor: Yuka Uchida
中川さんが映画『となりのトトロ』の主題歌「さんぽ」の作詞を手がけるなど、以前から親交が深い二人。また、宮崎さんにとって『いやいやえん』と『ぐりとぐら』は特別な作品だという。作品に込めた子供たちへのまなざしについて、二人が語ります。
宮崎 『ぐりとぐら』を書く前の年に、中川さんは『いやいやえん』を出している。これが衝撃だったんです。この本には、初めて“子供そのもの”が本に出てきたという驚きがありました。
中川 私は、作家になるつもりは全然なかったんですね。日本一の保母さんになるつもりで、それで、日本一楽しい保育園を作ろうという夢があった。たまたまのきっかけで、愛読していた岩波少年文庫を編集していた石井桃子さんに出会うことができて、お近づきになれた。石井さんは、私が童話の同人誌『いたどり』で発表した『いやいやえん』を面白いわねと褒めてくださって、福音館書店から出しましょうと、本にすることになったんです。
宮崎 『ぐりとぐら』は、子供が生まれてからだから、遅れて読んだんじゃないかと思いますね。逆に『いやいやえん』は、学生のときに読んでいて、これをアニメーションにしたいと思いました。当時まだアニメーターになるとも決めてないのに(笑)。『いやいやえん』の中でも『くじらとり』という話が本当に意味深なんです。子供たちが積み木で船を作って鯨を捕りに行くんですけど、ガス台が1つと毛布が出てくる。このガス台は何なんだろうと。(笑)
中川 あれは、私が勤めていた保育園の園長先生が持ってきた古いガス台。おままごと用にって。子供たちに人気があったの。
宮崎 子供たちが錆びたガス台で遊んでいたんですね。それが説明なしに物語に出てくる。(笑)
中川 そうです。
宮崎 物語の道具っていうのは普通、意味があるんですよね。でも、このガス台には何も意味がないんです(笑)。これが中川さんの物語の素晴らしいところ。おとぎ話やファンタジーっていうと、何かと物に意味を与えたがるんです。現世に帰ってきたときに、賢くなっているように、とかね。なのに、中川さんのは、ぜんぜん賢くならないまま終わるんです。
中川 ふふふ。
宮崎 だけど、それが子供たちの本当の姿なんです。バカなことをやって、いい子になるかというとそうではなくて、また同じことをやるんです。それが子供時代なんだということが何の理屈も説明もなしにガス台のようにどーんと出ている。破天荒な作品ですよ、『くじらとり』は。僕は、三鷹の森ジブリ美術館で上映する映画を作ろうというときに、このお話をアニメ化したいと思った。しかし、これが本当に難しかった。教室が海になるんですから。最後、原作の本には、海から教室に戻ったとは一言も書いてない。どう終わるべきかと考えた末、われわれもそのままにしたんです。そうしたら中川さんが映画をご覧になって「まあ、お母さんたちが迎えに来て驚くでしょうね」と。ご自分が書かれた本なんですけど(笑)。でも、海を保育園に戻しちゃうとつまらない。いつか覚める夢であったとしても、慌てて覚める必要はない。何か役に立つことや教訓を書いて成長させる必要もない。それでいいんだというのを教えてくれたのが中川さんの作品です。
中川 ホットケーキじゃなくて、カステラよ。ホットケーキより贅沢なの。(笑)
宮崎 そう、カステラだった(笑)。で、それを字に書いて、道具集めをするというくだらないアイデアを並べはじめた。それで「お前さん、原作のことを全然わからなくなっているだろう」と。結局、辞めようという話になった。中川さんの作品はアニメーションにしようとすると、油断ならない難しい仕事になるんです。
中川 でも、『たからさがし』のアニメーションはよくできていましたね。
宮崎 ありがとうございます。しかし、『ぐりとぐら』はやはりすごい話ですね。散歩に出かけたら、大きな卵がありました。それに、どう反応するのか。誰の卵だろう? とか、大体そっちに行きたいんですよ。または、この卵のお母さんは卵を探しているかもしれない、とかね。卵を見た途端にこれはカステラにして食べちゃおうというのは、やっぱり中川さんだけじゃないかと思う(笑)。そこが素晴らしい。小さい子にとってぴったりなんです。
中川 そんなこと言われたのは初めて。私は、保育園の子供たちをうわーっというくらい喜ばせたい、びっくりさせたいだけ。それがカステラだった。当時、子供たちは男の子も女の子も『ちびくろ・さんぼ』のホットケーキに夢中で、ハートをグッとつかまれていた。それに負けてられないって思ったわけ。当時、ホットケーキより上等のお菓子といったらカステラでしたから。それで、カステラが出てくる物語を作ろうと思った。そのためには大きな卵がいるな、と。単純なのよ。
宮崎 え、カステラから卵のほうに話がいったんですか?
中川 そうなんですね。子供たちへのプレゼントだったんです。
宮崎 中川さんは僕にとって、やはり別格官幣大社だなあ。(笑)
中川 私は、作家になるつもりは全然なかったんですね。日本一の保母さんになるつもりで、それで、日本一楽しい保育園を作ろうという夢があった。たまたまのきっかけで、愛読していた岩波少年文庫を編集していた石井桃子さんに出会うことができて、お近づきになれた。石井さんは、私が童話の同人誌『いたどり』で発表した『いやいやえん』を面白いわねと褒めてくださって、福音館書店から出しましょうと、本にすることになったんです。
宮崎 『ぐりとぐら』は、子供が生まれてからだから、遅れて読んだんじゃないかと思いますね。逆に『いやいやえん』は、学生のときに読んでいて、これをアニメーションにしたいと思いました。当時まだアニメーターになるとも決めてないのに(笑)。『いやいやえん』の中でも『くじらとり』という話が本当に意味深なんです。子供たちが積み木で船を作って鯨を捕りに行くんですけど、ガス台が1つと毛布が出てくる。このガス台は何なんだろうと。(笑)
中川 あれは、私が勤めていた保育園の園長先生が持ってきた古いガス台。おままごと用にって。子供たちに人気があったの。
宮崎 子供たちが錆びたガス台で遊んでいたんですね。それが説明なしに物語に出てくる。(笑)
中川 そうです。
宮崎 物語の道具っていうのは普通、意味があるんですよね。でも、このガス台には何も意味がないんです(笑)。これが中川さんの物語の素晴らしいところ。おとぎ話やファンタジーっていうと、何かと物に意味を与えたがるんです。現世に帰ってきたときに、賢くなっているように、とかね。なのに、中川さんのは、ぜんぜん賢くならないまま終わるんです。
中川 ふふふ。
宮崎 だけど、それが子供たちの本当の姿なんです。バカなことをやって、いい子になるかというとそうではなくて、また同じことをやるんです。それが子供時代なんだということが何の理屈も説明もなしにガス台のようにどーんと出ている。破天荒な作品ですよ、『くじらとり』は。僕は、三鷹の森ジブリ美術館で上映する映画を作ろうというときに、このお話をアニメ化したいと思った。しかし、これが本当に難しかった。教室が海になるんですから。最後、原作の本には、海から教室に戻ったとは一言も書いてない。どう終わるべきかと考えた末、われわれもそのままにしたんです。そうしたら中川さんが映画をご覧になって「まあ、お母さんたちが迎えに来て驚くでしょうね」と。ご自分が書かれた本なんですけど(笑)。でも、海を保育園に戻しちゃうとつまらない。いつか覚める夢であったとしても、慌てて覚める必要はない。何か役に立つことや教訓を書いて成長させる必要もない。それでいいんだというのを教えてくれたのが中川さんの作品です。
卵をカステラにして食べちゃおうという発想。
宮崎 実は同じように『ぐりとぐら』も、準備してできそうだったらアニメ化したかったんです。スタジオジブリのスタッフに「演出をやりたいやつは名乗り出ろ」と何人かにラフコンテを描かせてみて。そのうちに面白いのを描く演出助手がいたので、もう一人アニメーターと組ませて準備班を作ったんです。そうしましたらね、突然、邪心が出たんでしょうね。『ぐりとぐら』をもっと面白くしたいと。その結果、字を書き出した。ホットケーキを作るときには粉がいる、砂糖がいると。中川 ホットケーキじゃなくて、カステラよ。ホットケーキより贅沢なの。(笑)
宮崎 そう、カステラだった(笑)。で、それを字に書いて、道具集めをするというくだらないアイデアを並べはじめた。それで「お前さん、原作のことを全然わからなくなっているだろう」と。結局、辞めようという話になった。中川さんの作品はアニメーションにしようとすると、油断ならない難しい仕事になるんです。
中川 でも、『たからさがし』のアニメーションはよくできていましたね。
宮崎 ありがとうございます。しかし、『ぐりとぐら』はやはりすごい話ですね。散歩に出かけたら、大きな卵がありました。それに、どう反応するのか。誰の卵だろう? とか、大体そっちに行きたいんですよ。または、この卵のお母さんは卵を探しているかもしれない、とかね。卵を見た途端にこれはカステラにして食べちゃおうというのは、やっぱり中川さんだけじゃないかと思う(笑)。そこが素晴らしい。小さい子にとってぴったりなんです。
中川 そんなこと言われたのは初めて。私は、保育園の子供たちをうわーっというくらい喜ばせたい、びっくりさせたいだけ。それがカステラだった。当時、子供たちは男の子も女の子も『ちびくろ・さんぼ』のホットケーキに夢中で、ハートをグッとつかまれていた。それに負けてられないって思ったわけ。当時、ホットケーキより上等のお菓子といったらカステラでしたから。それで、カステラが出てくる物語を作ろうと思った。そのためには大きな卵がいるな、と。単純なのよ。
宮崎 え、カステラから卵のほうに話がいったんですか?
中川 そうなんですね。子供たちへのプレゼントだったんです。
宮崎 中川さんは僕にとって、やはり別格官幣大社だなあ。(笑)
邪念のない初心の絵に胸を打たれた。
宮崎 『ぐりとぐら』も『いやいやえん』も挿絵は中川さんの妹である山脇(百合子)さんが描いている。この絵にも僕は参った。こういう邪念のない絵は、どうしていいかわからない。後ろ姿を見ただけで、本当にこの子のことをかわいいと思って描いているとわかる。僕はとくに物置に入れられた、しげるの絵が大好きです。
中川 しげるちゃんは実際にいて、彼に泊まりに来てもらってモデルにして百合子が描いたんです。
宮崎 でも、この絵はなんていうか、初心で描いた力がある。僕らは絵をいっぱい描きますから。描いているうちにどんどん手慣れして、ゴールのわかる線ばかり引いてしまう。だからか、百合子さんの絵のようなどこに行くかわからないで描かれた線を見ると胸を打たれるんです。僕は『いやいやえん』の絵が本当に好きですね。